「夢のあとさき」〜空はいつでも晴れている〜

 




「お疲れ様でした!!」

スタッフ全てを交えての打ち上げは後日行われるのだが,今日は最終回という事で、ロビ−で簡単なお疲れ様のミニ・打ち上げが行われた。
ラストのARが始まる前,僕は、Kさん、Iさん、Yさんに「最後だから楽しんで行こう!」と声を掛けていた。
Kさんには,少し厳しいかと思ったが「泣いちゃ駄目だよ」と付け足していた。
終わるまで泣いちゃ駄目だよという意味で語りかけていたのだ。
今までのダンド−との二人三脚を考えれば,先週の飲み会での彼女の言動を考えれば、思いが強すぎるが故に、最初から感情のコントロ−ルが出来ないという事態を招く恐れがあったからだ。
だから,これは僕の老婆心かもしれなかったのだが、敢えて彼女に伝えたのだ。
他にも心配性の僕は,彼女達に語る言葉を用意していたのだが、それ以外は言わない事にした。
それは,そんな事を語る必要がない程、彼女達は成長していると感じたからだ。
もう細かい事をとやかく言う段階ではないのだと。
これからこの子達は様々な現場を体験する事になるだろう。
理不尽な現場にも遭遇するかもしれないし,もっと追い詰められるような事を言われる現場にも遭遇するかもしれない。
しかしそれらは,全てその場で解決していかなければいけない問題だ。
事前に予想が立てられるような事ではないのだ。
ただ言える事は,彼女達が自分の最初の段階で「DAN DOH!!」に出会えた事は幸運だったのだろうという事だ。
Kさんはもとより,Iさんも、Yさんも「芯の芝居」を求められた作品に携わる事が出来た事は、本当に幸運だったのだと思われる。
同時に,出会いは必然であったのだろうと。
Kさんは,この作品を受ける事になった時、原作を読破し、物語りの素晴らしさに感動し、ダンド−を絶対にやりたいと思ったそうだ。
オ−ディションでは「何度でもやっていいよ」というチャンスをもらい、チャレンジを重ねたという。
そして僕は後(のち)にO監督から聞いていたのだ「最後の最後に来たのがKさんだったんですが、この子だ!と感じましたね」と。
事務所から決定の知らせを聞いた時,余りにも嬉しくて、信じられなくて、泣いてしまったそうだ。
そして「早く始まらないかな」と思ったそうなのだ。
それは「自分に果たしてダンド−が出来るのだろうか?」という恐怖心が日々大きくなっていったからだと。
でも,ダンド−をやれるという喜びの方が勝っていたようだ。
その喜びは,第一話のARから爆発した。
同じように,緊張の時を迎えていた、Iさん、Yさんをも巻き込む形で。
彼女達は,いい雰囲気のトライアングルを形成していった。
ある意味,三人で一つの部分があったのではと思われる。

ここで考えてみたい,では何故「緊張」するのか。
それは「失敗」を恐れるからだ。
だがKさんは違った,それ以上にダンド−をやれる嬉しさの方が大きく勝っていたのだ。
少し違うかもしれないが,今回アテネオリンピック100キロ超級を制した鈴木桂治選手も「負けられない」
とは思わず「ただ勝ちたい」という気持ちが勝っていたという。
日本のお家芸「柔道」
勝つ事が特別とは捉えられていない環境の中で,選手達はあがき、もがきながらも光を捜そうとする。
鈴木選手も「負けられない」と思って臨んでいたら,もしかしたらメダルにさえ手が届かなかったのかもしれない。
そしてその気持ちの違いは「緊張」or「集中」のどちらかに転がり,まさに「天と地」の差となって、その人自身に降りかかってくるのだろう・・・

O監督とKさんとT君とで話していた時,O監督が言っていた言葉が、まさにその事さえ含めた、Kさんの潜在的に持つ能力の素晴らしさを現わしていた。

「僕はこの26本,毎回違うダンド−を見せてもらっていたと思うんですけど、ホント毎回違うダンド−だったんだもん。確かに彼女は一話の時とは違って、セリフを言う事なんかには慣れていったのかもしれないけど、気持ちは最後まで慣れる事がなかったんですよね」

これは凄い事だ。
どんな大ベテランでも「本番」の時は多かれ少なかれ「緊張」はするのだ、それは潜在意識のレベルも含め。
しかし彼女は,最後の瞬間までダンド−をやれるという喜びを忘れる事はなかったのだ。
その「喜び」の方が,全ての気持ちの遙か先を行っていたのだ。

こんなエピソ−ドがある。
僕が2週間ぶりにダンド−の現場に入った時の事だ。
テストで余りにもテンションが落ちていたので(先週の話からダンド−は満身創痍で闘っていたのだ)
隣のH君に「ダンド−なんだけど、先週何か言われてたかな」と聞いていたのだ。
返ってきた答えは「いえ、特には。いつもと同じだったと思うんですけど」だった。

それを聞いて意を決した僕は彼女に「どうした,テンションが落ちすぎてるよ」「そうですか?」「うん、全てのセリフのテンションが落ちてるからね、どこかっていうんなら分るんだけど、何かあった?」「いえ、ただ今回は自分で試してみようと思った事があったもんですから・・・でも、ハイ、分りました」「Jちゃんが入ってきても同じ事を言われるかもしれないけど、元に戻してみよう、今までのダンド−に」
そしてディレクタ−が入ってきての駄目だしでも同じ事を言われていたのだが,どうもいつもと様子が違う。
納得していないみたいだったのだ。
案の定,ラストテストも変わらなかった。
では何が問題だったのか。
それは,そこにダンド−が存在していなかったという事なのだ。
「全てを忘れてみようか,今日やってきた事は全て忘れて白紙に戻して、もう一度やり直してみよう」
テストが終わって僕が話し始めた時,IさんやYさんも、同じように感じていたようで、頷いていたのだ。
ただ彼女達にはどうしていいか分らなかったのだろう。
唇を噛み締めて僕を真っ直ぐ見詰めるKさん。
そこには思うように出来ない歯痒さのような心理も垣間見えた。
「いつものダンド−をやってごらん,だってダンド−は苦しくてもそんなところを見せまいとする子じゃない、だから戻っておいでよ、気持ちをニュ−トラルにして、今までの事は全て忘れてみよう!」
そして駄目だしで,Jちゃんからも指摘され、一つ一つの場面について食い入るように助言を求めていたのだが、その表情には変化が現れていた。
そして「本番」
マイクに立つ前に僕に向き,笑顔で「頑張ります!」と彼女。
最初の一言を聞いた瞬間「大丈夫だな」と胸を撫で下ろしていた。
僕は何度も「うん,うん」と頷いていた。
終わるとすぐ僕に近づいてきて心配そうに「大丈夫でしたか?」と聞いてきた。
「うん,ちゃんと戻ってきてたよ」「本当ですかぁ、良かったぁ、中原さんが頷いてるのが見えて、凄く心強かったです」
後半も心配はしていたのだが,すっかりいつものダンド−で、問題は何もなく終了した。
ここで特筆すべき点は,彼女が本番でガラッと変える事が出来たという事なのだ。
一度自分が「こうだ」と決めてしまった事を覆す事は非常に難しい事なのだ。
だから現場では,どのような場面にも対処出来るように「ニュ−トラル」でいられる事が望ましいと、僕は常々思っている。
だから今回,彼女が自ら嵌りこんでしまった心の沼から這い上がる事は相当難しいだろうと思っていたのだ、テストが終了した段階を見て。
しかし,彼女は見事にそれらを振り払い、まるで何事もなかったかのように本番という海を泳ぎきった。
それは彼女が持つ,生来の「潔さ(いさぎよさ)」というか「思いっきりの良さ」に裏打ちされているのではないだろうか。
そんな風に思わせる「本番」だったのだ・・・

スタジオからの帰り道,僕は彼女に問うてみたのだ、何を試してみようと思ったのかと。
するとこんな答えが返ってきた。
「原作を読んでいて,ダンド−が物凄く痛いんだろうなっていうのが伝わってきて、だって、本当に凄いじゃないですか、足なんか皮が破れて血まみれで。ダンド−のその痛みは計り知れないもので、でも、あんなに健気に頑張ってて、だから、その痛みも含めた部分で、そういった気持ちをうまく何か出せればと思ったんですけど、痛みを感じすぎちゃったからかもしれませんねぇ、スイマセン、御心配お掛けして」彼女は分りすぎる位分っていたのだ,ダンド−がどんな時も苦しいという姿を見せないようにする子供だという事を。
しかし今回は余りにも可哀相で、痛々しくて。
痛みを深く感じる余り,あのようになってしまったのだと。
これは,良くある「感情を履き違える」といった事とは全然違う事だ。
感受性が鋭すぎる為に,自分がダンド−と深くシンクロしているが故に、彼の痛みが直接「魂」に響いてしまった結果起こってしまった事だったのだ。
この話を聞いた時,僕は暫く言葉を失くしていた。
それ程この時のARは,彼女の言葉は、僕の心にしっかりと刻まれている。
その領域を見たものは,多分、ごく僅かであろう。
というより,見る事を許されたものは、ごく僅かなのであろう。
とにかく,Kさんを語る上で、彼女が毎回新たな気持ちで取り組んでいたという事を如実に現わすエピソ−ドの一つとして、この事は僕にとって忘れられないものとなっている・・・

このミニ打ち上げには,原作者のB先生も駆けつけてくださっていて、僕は随分長い間お話をさせていただいた。
実は先週の飲み会で,Kさんと約束していた事があったのだ。
僕はその約束を果たすべく,B先生にまずその話を切り出した。
ただこれは今ここで書ける事ではないので,その時が来たら触れたいと思う。
ラスト2本はオリジナルスト−リ−だったのだが,B先生には「凄く良かったです、O監督にお願いして本当に良かった、そしてこのダンド−では、皆さん各キャラクタ−にピッタリで、素晴らしかったです」と仰っていただいた。
そして,先程O監督との話の中にも出てきたのだが「この先のエピソ−ドで僕は一番好きな話があって、そういったのも違う形で出来ればいいですよね、中にはやるなら劇場版でないと駄目だろうっていう話もありますしね」「そうですねぇ、それかDVDシリ−ズとかでやってみられたらいいですよね」と話は盛り上がっていたのだ。
Kさんは「そうなったらいいですよねぇ!」と瞳をキラキラ輝かせながら「ホントになんないかなぁ、なんないかなぁ」と盛んに繰り返していた。
そんな話をB先生にした所「実は,新庄と赤野が決着をつけるというシ−ンがあるんですよ。と言ってもそれが描かれている訳ではなくて、だからどちらが勝ったのかも二人の胸の内で、それは誰にも明かされない。ただ決着をつけたという話が出てくるんです。だから僕などはそういった描かれてない部分をアニメで見てみたい気がしますよねぇ、どんな風に描かれるんだろうって」「そんな話があるんですかぁ!それは面白そうですし、是非やってみたいですねぇ・・・」
話は尽きそうになく,まだまだこの時間の中にいたかったのだが、そろそろここを離れなければいけない時が近づいていた。
B先生にお礼を言い,O監督とも「またゆっくりと」と約束をして、殆どの役者陣とディレクタ−のJちゃん(プロデュ−サ−陣は少し遅れて)は二次会に突入していった。
僕はその場では,製作会社の社長さんであるKmさんと話し込んでいたのだが,ダンド−の話をしていた筈がいつのまにか話題は、沖縄と北海道の話になっていた。
沖縄にはまだ一回しか行った事がないというKmさんに,僕は滔滔と語りかけていた。
北海道はスキ−の話で,その内「焼酎」「蕎麦」へとリレ−され、ダンド−の話に戻ってきた頃、店の閉店時間が迫っていた。
一本締めの後,店の前で解散。
残ったのは,僕、Jちゃん、Kさん、Iさん、Yさん、Nさん、Tくん。
Jちゃんが「カラオケ行かない?」と言ったのを受け「そういえばまだ一回も行った事なかったなぁ、じゃあそうしようか」と即決、隣のビルのカラオケボックスに入る事にした。
「そうそう,うちの掲示板にファンの子が書いてたんだけど、Going onが入ってるらしいよ」「ここ入ってますかねぇ」「そしたらあたし絶対Nさんに唄ってもらいたいです」「そりゃやっぱり本物に唄ってもらわないとね」と,期待に胸を膨らませる僕達の中でそれを一番最初に見つけたのは、誰あろうNさん自身であった。
かくして,チーム・ダンド−第一回「歌は世につれ世は歌につれ、君のハ−トにスマイルショット盃争奪歌合戦」の熱き火蓋が、華やかに切って落とされたのであった。
一曲目の「Going on」から会場は一気にヒ−トアップしていった。
そして何順かする内,Kさんがゴソゴソと何かを出そうとしている。
「どうしたの?」と聞くと「うん,あの、何か思い出しちゃって」と台本をパラパラ捲り始めた。
「何かまだ気になる事がある?」「えっ,あの・・・あっ、中原さんの台本見せていただいていいですか?」
「あぁ、構わないよ・・・ほらっ」「ありがとうございます!・・・この印しは何ですか?・・・」
彼女の中には,聞いても聞いても聞きつくせない泉が存在するのだろう。
「貪欲」というのとはちょっと違う気がする。
もっと当たり前の感覚で,ダンド−はこの子にとって特別なのだろう。
知らない事を知らないままにしておく事など出来ないのだろう。
話し込む僕とKさんには敢えて触れず,皆はカラオケを続けていた。
こんな時僕は思うのだ「すまない」と同時に「ありがとう」と。
皆,彼女が大好きなのだ、彼女の頑張っている姿を見てきたから、こんなに優しく振舞ってくれるのだ。
「皆に感謝しないとね」と僕は熱く語りながら,Kさんに心で呟いていた。
最後は再び「Going on」の大合唱で幕を閉じた。
外に出ると時計の針が3時を指そうとするところだった。
「どうしょうか」と暫し逡巡した後,Jちゃんが「あとちょっといつもの焼き鳥屋に行くか」と、近くのその店に向かい歩き始めた。
「IさんやYさんやTくんはまだちゃんとKさんと話せてないもんな」と言いながら,僕は両手に、ミニ打ち上げで貰った大きな二つの花束を抱えているKさんの手から重たそうな鞄を取り上げ、持ってあげた。
見るからに辛そうだったのだ。
「スイマセン,ありがとうございます」
横断歩道を渡りながら「お母さん喜ぶだろうな」「えっ」「うちの母,お花の先生なんです、花壇には一杯花が植えてあって、何か変なものも沢山買ってくるんですよ」「へぇそうなんだぁ,じゃあお母さんきっと喜ぶだろうね」「ハイッ!・・・いい香り・・・」「・・・あのぉ昨日も母と話してたんですけど、もう、この小さなダンド−とはお別れなんだなぁって・・・でも、あたし精一杯やりましたから、だからいいんです!」
それは,終わってしまったという現実を受け容れたくない自分に対して無理やり納得させようとしている言葉のようにも聞こえたし、清々しい満足を湛えた言葉にも聞こえた。

先行したJちゃんに追い付くべく,僕は少し歩を早めた。
KさんはTくんと何か話し始めたようだった。
僕と今度はNさんが並ぶ格好になり,その後ろをIさんとYさん、少し離れてKさんとTくんが続く。
「Nさんとは最初,どこのスタジオで会ってたんだっけぇ」「そうですねぇ、どこでしたっけ」「続けて会ってた筈なんだけど憶い出せないんだよなぁ」「・・・あっ、そうだ、ママぽよの現場じゃないですか、あたしあの時ず〜っと見学に行ってて、ラスト4回位、体調を崩して出られなくなった人の代役をやったんですよ」「あっ、そうかそうかぁ、ママぽよかぁ、懐かしいなぁ・・・」
僕はあの時「ママはぽよぽよザウルスがお好き」というアニメに,途中から「一文字秀人」という新卒の先生(保父さん)役で出ていたのだ。
Nさんはまだ駆け出しの頃で,確か飲み会にもいつも参加していたように思う。
「でも,ママぽよかぁ」「あっ、あたしそれ見てました中学の時」「えっYさん見てたんだぁ」「ハイッ憶えてます、一文字先生だったんですね」
あれもとてもいい作品だったのだ。
そんな事を話しているうちに,いつも最後に寄り、朝まで飲んでいた焼き鳥屋に到着。
ここで何度朝を迎えた事か。
振り返ると,まだ大分遅れて、KさんとTくんの姿が。
「何かいい感じですねぇ,まるでカップルのようだわ」
というNさんに僕は頷いていた。
「確かに,知らない人が見たらそう見えるだろうなぁ」と心の中で呟きながら。

「乾杯!!」
昨日のミニ打ち上げから一体何度乾杯をしただろう。
ここでは他愛無い会話が続いていた。
Kさんは,Iさん、Yさん、Tくんといて本当に楽しそうだ。
「この番組は君達の番組だったんだよ」
と僕は彼女達に言っていた。
そう,中心にいたのは、まぎれもないこの子達だったのだ。
僕や周りの人間はサポ−トをする役割で。
最後は手相の話で盛り上がっていたのだが,僕の手相が余りにもハッキリとしている為「中原さん凄い」と皆から羨望の眼差しを浴びていた。
が,当人はもう既に非常に酔っ払っていたので、本当にそう言われていたのかは定かではないのだが。
「さて,そろそろ行こうか」と言うJちゃんの合図で腰を上げた僕達は、明るさを増してきた空の下へ出た。
時刻は5時を少し過ぎたあたり。
Jちゃんが,Kさん、Tくんを一緒に送ってくれる事になり、その場でタクシ−を拾う。
「じゃあお疲れ様!気をつけて!!」といつものように見送る僕等に,最後に乗り込んだKさんが、少し寂しそうな瞳を向けた。
その表情を見た時,僕の中にも束の間何かが込み上げてきそうになった。
Iさんも,Yさんも、そしてNさんも、きっとそうだったに違いない。
タクシ−が見えなくなると,僕等は雨の予感を孕んだ空気の中を歩き始めた。
目の前には,いつもの街が広がっていた・・・

新宿の高層ビル群が,少しぼやけて見える。
空には相変わらず分厚い雲が垂れ込め,今にも泣き出しそうだ。
シャワ−を浴びた僕は,カ−テンを開け放った窓から、そんな空を見ていた。
時々地上に目を遣る。
街は動き始め,いつもの日常が始まっていた。
僕はホテルの部屋にいた。
実は番組の打ち上げがある時などは,よくホテルをリザ−ブしているのだ。
「何かまだ実感はないんですよぉ」
Yさんと,Iさんの先程の言葉が、僕の霞のかかったような思考の中に唐突に蘇ってくる。
電熱式のミニポットがカタカタ鳴る音がそこにオ−バ−ラップしてきた。
いつものように二重にした紙コップに紅茶を淹れ,また窓辺に戻る。
2〜3回息を吹きかけ口に運ぶ。
「朝はやっぱりミルクティに限るな・・・」
「実感はまだないかぁ」
自分はどうだっただろう?
彼女達にとっての「DAN DOH!!」の一本は,僕の感じる一本よりも確実に重く、そして鮮やか過ぎる程心に刻まれた筈なのだ。
それは分る,いや、分るつもりだ。
僕にも今迄こういった作品は何本かあるのだが,一番酷い状態になったのは、劇場版の「アリオン」だったかもしれない。
終わった後,僕はどうにも表現出来ないような深い喪失感に襲われ、半年程、心にポッカリ穴が空いた状態が続いたのだ。
「そんな長い間?」と言われそうだが,実際そうだったのだ。
勿論仕事はしていたのだが,地に足がついていなかったというか、フワフワしたところを歩いている雰囲気であったというか,それこそ抜け殻状態だったと言ったらより分っていただけるかもしれない。
そんな僕を復活させてくれたのは,やはり「アニメ」の現場だった。
その作品は「ボスコ・アドベンチャ−」と「OH!ファミリ−」
この2本が,僕に新たな魂を注入してくれた事は確かだ。
そんな事を思い出だしていた僕の口から,いつのまにかあるメロディ−が零れ出ていた。
「ビルの〜影に〜さえぎ〜られ〜・・・」
それは,キャデラックスリムの「孤独のメッセ−ジ」だった・・・

「かけがえのないものを見つけた時,人は強くなれる。
そして,そのかけがえのないものを失った時、人は強くなれるチャンスを授かるのだ」

厚く垂れ込めた雲の先を見つめながら,僕は呟いていた。
「空はいつでも晴れている」・・・と・・・
そう,あの雲を突き抜けた先には、眩しい程の「蒼」が広がっている。
どんなに気持ちが塞いだ時も,どんなに心が黒く塗り込められてしまった時も、その先には、あの「蒼」が広がっているのだ。
そう信じて,彼女達にも歩んでいってもらいたい。

またどこかの現場で出会った時,背中に無限の「蒼」を見せられるような自分で在りたい。
そして,君達の「蒼」を僕にも見せて欲しい。
これは「終わり」ではなく「始まり」なのだから。

その扉を開く鍵「スマイル!」を決して忘れないで。
僕は思う「成長した君達が創りだす風に吹かれてみたい」と。

そう「蒼」には限りない「夢」が溢れているのだから・・・


PS:本編は,掲示板に不定期連載されていたショ−ト・エッセイ「ラウンドするばい!!」〜ダンド−徒然日記〜の特別編として書き下ろされたものである。




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