光の中で

 




フィッツジェラルドという人の短編の中に『これ以上幸せにはなれっこないのだ』 という一文があるそうだ。
僕はその言葉に深く頷くと同時に「否」と首を振っていた。
それは今迄自分にもそのように思って生きてきた時期があったからだし,いつの頃からか「そうではないんだ」と気付かされたからであったに他ならない。
あの頃はあの頃のまま,そこにずっと光輝いていて、しかし、その光の中には二度と戻れなくて。
それ以上の光を浴びる事はないだろうと思いながら虚ろな日々を過ごし,振り返ってばかりの自分を許していた、若い日。
しかし「二度とないであろう」と思った場面が,形は違えど再び自分に巡り来たんだと感じた刹那「一度の人生、どう捉えるかで気分が変わるのなら」と、運命など小さいものだと、何か「悟り」を開いた修行僧のような心持ちになっていた、遙かな日。
「歴史は繰り返される」とは良く言ったもので「幸せは繰り返される」のだ。
逆もまた真なりであろうが。
「これ以上〜」と思った瞬間,もしかしたら、また触れる事が叶うかもしれないかけがえのない時間に遭遇するチャンスを、自らの手で断ってしまうのではないのか。
そんな風に考えるようになってきたのは事実だ。
「断定」も時には必要であろうが「断定」してしまったら,そこから広がる可能性を全て閉ざしてしまう事になるのではないのか。
様々な思考を巡らせる中で,自分は「プラス思考」になってきたのであろうし「至福の瞬間は何度でも迎える事が出来るんだ」と、自分の人生に対しても挑むようになってきたようなのだ。
ただ,あの頃の「光」と今の「光」と未来の「光」が同じである筈はなく。
欲張りな自分は,浴びてみたいと思うのだ、その時その時の「光」を。

そして思うのだ,いつも「光の中」を歩んで生きたいと・・・

「じゃあこれからは即・本番で行きましょう!」
「わかりました」
「では,このペ−ジいっぱい、キュ−ポイントは五箇所ですので・・・」

9月17日(金)「DAN DOH!!」打ち上げ旅行当日。
僕は表参道のスタジオにいた。
実は,17・18両日ともNGを入れていたのだが,以前何度かやらせていただいたビデオNAの録りを17日にお願いしたいというスケジュ−ルが事務所に入ってきたのだ。
デスクの話では,時間はそちらの都合に合わせるので是非またお願いしたいと頼まれたのだと言う。
それで僕は申し訳ないと思いながらも,朝10時からの録りをお願いしたのだ。
予定では,幹事である僕は、14時のチェック・イン時間には直接宿に入り、諸々の準備を済ませておくという段取りであった。
普段だったら勿論仕事優先なので,このような場合は現場が終わり次第駆けつけるというのが常なのだが、今回自分は「幹事」という立場でもあったし、完全NGを取っていたので、無理を言わせていただいたのだ。
しかし,それでも尚自分を使っていただけるとは、本当に感謝の気持ちで一杯であった。
そして今回は10分程のVTRが二本という事で,二本目は即・本番でという事になったのだ。
もうワン・タイプ,30秒程の別コメントを録り終えた時、時刻は11:30分を回ろうとしていた頃だった。
実は,新宿13時発のロマンスカ−のチケットを、先行する7人分既に予約を入れておいたのだ。
もし僕が遅れる場合は,Nさんにチケットを購入してもらうよう、昨晩電話で頼んであった。
「箱根ですか,いいですねぇ」というスタッフの声を背に受け,少し大きめのボストンバッグを肩に掛けた僕は、ディレクタ−、プロデュ−サ−に、今日のお礼を述べ、スタジオを後にした・・・

今回,一泊の旅行にしては大きいバッグを選んだのには訳がある。
向こうでデジカメで記念撮影をした後,それをその場でプリントアウトして皆に配ってあげようと思ったからで、カ−ドフォトプリンタを持参する事にしたからだ。
そして今回の旅の供となるボストンバッグは,去年、オ−クションや、様々なショップを探し歩いた挙句ようやく見つけた、どうしても欲しかったオ−ルレザ−(ブラック)の一品であった。
それは「ro」というニュ−ヨ−ク在住のデザイナ−&建築家という異色の組み合わせによるブランドで、レザ−はヨ−ロッパ方面と思っていた僕の好奇心を,心憎い位にくすぐってくれたのだ。
シンプルであるのに普通とは違う表情を見せ,尚且つ柔らかく手触り抜群のカウ(牛)は、いつまでも触れていたいという気持ちを喚起させてくれた。
しかし一番の購入の理由は,その「軽さ」にあった。
いくらいい物でも,使えなければ意味がないからだ。
一週間後。
もう一つの気になっていたバッグを確かめ,再びそこに舞い戻ってきた僕は、もう一度、一通り様々な角度からバッグを見つめ、作りの確かさ、縫製の丁寧さを確認した上で、購入を決意したのだ。
その後「ro」の,同じくオ−ルレザ−のミニショルダ−も購入する事となるのだが・・・

すぐにNさんに連絡を取り,チケットの手配は大丈夫の旨を告げる。
それと今日になって演出のYm君も急遽参加出来る事になり,一緒に行く事となった。
新宿に着き,予約しておいたロマンスカ−のチケットと、もう一枚を新たに購入する。
幸い続きの席が確保出来た。
早めに待ち合わせ場所の改札で待っていると,続々と久しぶりの顔が集まってきた。
チケットを渡している時,Kさんから連絡が入る。
どうやら間違って南口の改札にいるらしい。
「ミロ−ド坂を通って西口にこられるから,もしまだ分らなかったら電話ちょうだい」
その間,Iさんから「Hさん間に合わないらしいので先に行って下さいとの事でした」との言伝を受け、一枚を払い戻しに走る。
戻ってきた時,Kさんから「え〜と着いたんですけどどこにいらっしゃいますか?」「じゃあそこにいて、俺が迎えにいってあげるから」と振り向いたそこに携帯を見つめるKさんの姿が。
じっと見つめる僕に顔を上げた彼女は「あっ」と驚いた表情を見せ,口を片手で押さえて笑った後、恥ずかしそうに俯いた。
一同「流石Kさん・・・」と思ったのは言うまでもない。
今回僕は事前に皆に「駅弁を買って車内で食べよう」と提案しており,早速皆で、改札を潜った後、各々好きな駅弁を買い、ロマンスカ−に乗り込んだ。
実はこの時,僕はある駅弁に大変興味を持っており、車内でしか販売されていないそれを買おうかどうか思案していたのだが、T君に「だってこれお子様弁当じゃないですか」と言われ「えっで、でもそんな事はどこにも書いてないし」と反論していたのだが、サイト上の映像を見る限りでは、確かにお子様弁当以外の何物でもないという代物であったのだ。
「ロマンスカ−弁当」
そのあまりに単純なネ−ミングと「ロマンスカ−の形を模したその弁当箱は,その後もお使いいただけます」という言葉にすっかり踊らされていた僕は、当日まで本当に買おうと思っていたのだ。
しかし「それに車内だと売り切れてもうありませんとかだと困るから,皆、ここで買っていこう!」と、分別のある大人らしく振る舞い「トンカツ弁当」を買ったのであった。
その時T君に「ねぇ,T君、ロマンスカ−弁当を買うと、ポストカ−ドが付いてくるらしいよ」と言ったところ「そんな物いりませんよ」「そっ、そうだよねぇ、そんな物いらないよねぇ、何か子供だましだよねぇ・・・」と,思いっ切り後ろ髪を引かれながらも断念したのであった。
「まぁ確かに,ヒヨコの絵も入ってたしなぁ」「またの機会にしよう」と密かに心に誓う僕がいた。
座席を向かい合わせ,各々席に着く。
彼女達の楽しそうな顔を見ながら,僕は思い返していた。
初めて旅行の事に触れた,もうそこに夏が顔を覗かせていた日の事を・・・

その日僕達は,AR後、いつものように飲みに来ていた。
「昔は番組が終わったら必ず打ち上げ旅行に行ってたもんなぁ」「そうですよねぇ,最近はあまり行かなくなりましたよね」「シリ−ズが短くなったっていうのもあるんじゃないかな」「始まった当初から積み立て なんかしてる番組も多かったよね・・・」
そんな話になった時だった。
「打ち上げ旅行って楽しいんでしょうねぇ」とKさんが言った。
「えっ,まだ行った事ないんだ」「だって,あたしまだ、ダンド−がレギュラ−は殆ど初めてなので」「そうかぁ,って事は、YさんもIさんも、まだないか」「ハイッ、行った事ないです」
確かに,この二人は「ダンド−」が初めてだったのだから。
「じゃあ打ち上げ旅行には行かないとな」
と,それを聞いた僕は咄嗟に答えていたのだ。
こういう話の展開になった時,よくありがちなのは(僕も経験があるのだが)、先輩に「じゃあ幹事は〜やれよ」と決められてしまうパタ−ンと、下の人間が「僕やります」というパタ−ンだ。
だいたいが男の幹事に,それを手伝う女性が一人付くという感じになるのだが。
しかし僕は「場」の流れを見て,自分が計画しようと、その時点で半ば決めていたのだ。
最年長の僕が後輩に振るのは簡単な事であり,それは当然の事として受け止められる事態ではあるのだが、自分の中に「彼女達を連れていってあげよう」という思いが殆どを占めての事だったのと、全体でのオフィシャルの旅行というより「役者とディレクタ−と監督だけでもいいか」と考えを巡らせていたからでもあったからだ。
結局その日は旅行に軽く触れたのみで「決行」は己の内だけに秘めておくことにした。
それから二〜三週間後のARの時には「宿」とある程度の日程を皆に提示していた。
そして,これは申し訳ないと思いながらも確実を規す為に、参加可能な人間には「NG」を入れてもらう事にしたのだ。
こういった事が出来るのも,少人数という小回りが利く態勢を取ったからだった。
そしてチラシ作成はT君にお願いした。
素材や文句はだいたい僕が用意したのだが,以前の飲み会の席で約束していたのだ。
かくして「DAN DOH!!」打ち上げ旅行は目出度く決行の運びとなった。
嬉しい誤算は,プロデュ−サ−であるIkさんとAさんが参加してくれる事になった事と、ミキサ−の二人、Ku君とKo君が参加出来る事になった事であった。
そして,一番瞠目すべき事は、何と、役者の殆どが参加OKとなったという事だ。
結果,当日の飛び入りも含め、当初10人ちょっとを予定していた旅行は、総勢21名という非常に賑やかなものとなったのであった・・・

駅前で買出しを終え,宿までの巡回バスに乗る。
手早くチェックインを済ませ,女性陣を宴会部屋から一番遠くの部屋に案内する。
一旦自分の部屋に入り,徹夜なので一眠りしたいというYm君を置いて、女性陣の待つ部屋へ。
明日の行動は彼女達主体でと考えていたので,今の内に話しておこうと思ったからだ。
部屋からは中々の絶景で,彼女達もとても喜んでいた。
僕もお茶を勧めてもらい,暫し寛いでいると、KさんとT君が何やら怪しい設定でデジカメ撮影を始めていた。
タイトルは「気だるい朝・許されぬ二人」(と言ったところであろうか・・・)
憂いを帯びたKさんの表情と,何かを諦めたT君の陰りのある雰囲気が、いい味を醸し出している。
そんなショットを「キャ−!キャ−!」言いながら無邪気に収めている。
「また後でもいいか」
そんな事を思いながら「あっそうそう」と,各部屋のドアに張るために用意した筆ペンで名前を書いた紙を出す。
「あっ,すご〜い!」
女性5人の名前の下には「男子禁制」の文字。
「何て書いておいて俺はもう入ってきてるんだけど」
「いいんですよ中原さんは。幹事なんだし、先生なんですから」とT君。
「さて,じゃあ先に温泉に行こうか、今ならゆっくり入れるし」
「ハイッ!」
部屋に一度戻った僕は「まだ休んでいます」というYm君を残し,浴衣に着替え大浴場へ。
「温泉も久しぶりだな」
そこの一段高くなった所にある露天からの眺めは最高で,ゆっくりと浸かっていたかったのだが,先程次に来るメンバ−から連絡が入り、逆算して到着時間を予想すると、そろそろあがらないといけない時間が迫っていたのだ。
「まぁ今回はしょうがないか」
両手を高く突き上げ,大きく深呼吸を一つ。
風呂からあがり,少し急ぎ足でロビ−に入ろうとした僕の目の前で,ディレクタ−のJちゃん達がちょうどタクシ−から降りてきたところだった。
「お疲れ様!」「あっ,お疲れ!」「やっぱりタクシ−で来たかぁ、多分、巡回バスには乗ってこないと思ってたんだよなぁ」「ハハハハ・・・・・」「早速だけど部屋に案内するよ」先頭を歩きながら僕は思っていた。
「さて,これからが本番だ」と・・・

「あっ,これ、こんなに綺麗に出るんですねぇ」

二次会の宴会場となっている部屋で,僕は持参したCanonのカ−ド・フォトプリンタ−を作動させていた。
集合写真は,先程の一次会の宴会場ですでに撮り終えていたのだ。
一枚・一枚,皆の手元に写真が渡されていく。
どれ位経った時だろう,O監督が、それぞれの写真の裏に、各キャラクタ−を描き始めてくれたのだ。
僕も写真の裏に,新庄を描いていただいた。
その奥には,弘平・優香・ダンド−の横顔も。
僕は「プリンタ−を持ってきて本当に良かった」と思っていた。
だってこれは絶対一生の思い出になる筈だから。
それぞれの喜びの声を聞きながら,次々に出来上がってくる皆の笑顔に満足を憶えていた。
(僕はその写真をクリアファイルに入れて,いつも鞄に忍ばせている)
「おぉ〜!」っと一段と高い歓声が部屋の右端からあがる。
その一角では,ゲ−ム「ダンド−・ショット」に興じる何人かの姿が。
「そう言えば」
僕は二次会が始まる前の事を憶い出していた。
一次会が終わった後に温泉に行った人間は多く,二次会場となる部屋には、僕と、Jちゃん、S君、H君の四人しかいなかった。
「皆,おそいっすねぇ」とS君。
「あっ,そうだ、あれやりましょうよ」と「ダンド−・ショット」を指す。
今回プロデュ−サ−である,AさんとIkさんが、一台づつ持参してくれていたのだ。
箱がフェアウェイになっているようで,プラスチック製の木が何本かついている。
H君が,メインであるダンド−人形を組み立てている。
このダンド−君に,ドライバ−かサンドウェッジかパタ−を持たせ、プラスチック製である付属グリ−ンに、カップインを目指すのだ。
「じゃあやってみましょうよ」というS君の声を受け,ジャンケンで順番を決める。
Jちゃんは見学にまわった。
まずはS君から。
「こんなもんかなぁ・・・それっ!」
打たれたタマは何と真上にあがっていた。
「何だこれ!」「ちょっと調節した方がいいみたいですね」とH君。
続けてH君,僕とやっても同じ結果であった。
「何で前に飛ばないかなぁ」と試行錯誤の末,ようやく前に打ち出せるようになったところで仕切り直しとなった。
箱もどけ,畳の上に木を二本程置き、グリ−ンをセッティングし直す。
S君もH君も,先程までとはうってかわったショットを放ち、グリ−ン手前からのアプロ−チ合戦となりそうだ。
僕も慎重に,ドライバ−を振り上げる高さをシュミレ−トし「本編で一回位言ってみたかったんだよなぁ」
と、アドレスに入りながら心の中で「スマイル〜ショ〜ッ!」と叫んでいた。
「よしっ!」
ボ−ルはいい感じで打ち出され「届く!?」と思われた刹那,まさに「スポッ」という感じでカップに吸い込まれていたのだ。
一瞬の静寂の後。
「え〜!!」「ウッソ〜!!」という声。
「ハハハハッ,ホ−ルイン・ワンだよ、ホ−ルイン・ワン!」とJちゃん。
「流石新庄先生!」と皆から祝福を受けながら僕は思っていた。
「俺ってもしかして天才かも,ハッ、これは俺にプロを目指しなさいという天からの啓示なのではないか」
「H,絶対、オメエには負けねぇからな」というS君の声を聞きながら,僕は夢見心地で「優勝は中原プロです!!」という声と、トロフィ−を高々と掲げカメラのフラッシュを浴びる自分の姿を想像していた・・・(ちなみにこの「ダンド−・ショット」,一台はT君が事務所の備品として、そしてもう一台はKさんが持ち帰り、特にKさんは夜な夜な秘密特訓に励んでいるという噂である)

Kさんは相変わらず色々な人の所に行って話を聞いていたのだが,僕とミキサ−のKu君の所で話し始めた時「ダンド−」の今迄の様々な事柄について触れていたのだが「ダンド−は私で本当に良かったんでしょうか」という彼女の言葉を受け、僕はこう語り掛けていたのだ。
O監督が彼女が持つ集合写真の裏に書いてくれたダンド−を見せながら「Kさんはダンド−だったよ、そしてそれを一番良く分かっていたのは、ダンド−自身だったと思うな。君がダンド−をやった事を一番喜んでいたのはダンド−だったと思う。君にやってもらえてダンド−は凄く幸せだったんだよ」
やるべき人が,この人以外いないであろうという人間が「ダンド−」を演ったと、僕は思っていたのだから。
「そんな風に言われたら,あたし泣いちゃいます」と言いながら,彼女はその真っ直ぐな瞳に大粒の涙を浮かべていた。
僕達にとって「どんなキャラクタ−と出会えるのか」という事は非常に大きなウエイトを占めてくる事ではあるのだが,逆に、そのキャラクタ−にとっても、どんな人が自分に命を与えてくれるのかといった事は、とてつもなく大きな出来事である筈なのだ。
僕の中にいつも響いてくるあるディレクタ−の言葉がある。
「このキャラクタ−を生かすも殺すも,中原ちゃん次第なんだから」
そんな中で,お互いが「魂」の部分も含めシンクロ出来るベストな出会いというのは、極々「稀」なのだろうと僕は思っている。
欲張りな僕は,その「稀」な領域にいつも踏み込める自分で在りたいと思っているのだが。
彼女と相対すると自然に話しは「DAN DOH!!」についての事になった。
そして,ダンド−の事だったらいくらでも彼女は話せてしまうようであった。
そう,一日が24時間では全然足りない位に・・・

一度彼女達が部屋に戻った時に,僕も同行し、明日(正確にいうともう今日だったが)の行動を話し合った。
僕は幾つかのパタ−ンを考えていたのだが,Yさんが16:30にはロマンスカ−に乗らなければいけないという事で「星の王子様ミュ−ジアム」のみに行くコ−スを選択する事にした。
バスの時間も含めて考えた上でも,現地に3時間はいられるという計算が出ていたからだ。
皆には朝食の席で,駅での自由解散を告げ、行動を共にする人はミュ−ジアムに行くという段取りを取る事にした。
(こういう時の主体は女の子達だと僕は決めていたので)
そしてまた宴会部屋に戻り,暫し飲んだ後、自然にお開きの流れとなった。
部屋に戻った僕は,同室のKu君、Ko君と「ダンド−」の事や仕事の事、ミキシングの事などを話していたのだが「そろそろ寝ようか」と灯りを落とした。
僕はと言うと,何かまだ頭が冴えていてすぐには眠れそうもなかったので、自動販売機でミネラル・ウォ−タ−を買い、ロビ−で闇を見つめながら、この番組の事を思い返しながら、ボトルを傾けていた。
そういえば,先程女性陣の部屋の前を通った折、中から笑い声が聞こえていた。
「やはり同姓だけになってやっと寛げたのかなぁ」と僕は思っていたのだ。
これは朝食の席でKさんが言っていたのだが,どうやら枕投げをやっていたようなのだ。
「聞いて下さいよ中原さん!Iちゃんたら、こっちに投げないよってふりをしておいて私に思いっ切りぶつけてきたんですよ!もう痛くて痛くて」「そうかなぁ、そんな強く投げなかったけどなぁ」「ウンウン、Iちゃん は加減を知らないんだから・・・」
「こんな風景とももうお別れかぁ」と思うと,何だか切ない気持ちが溢れてきそうになったものだ・・・

気がつくと,闇に色が滲み始めていた。
「さて,少しでも寝ておくか」
時計の針は,5時を回ろうとしていた。
朝いちで仕事に行くYa君の為に,7時10分にタクシ−を頼んであるので「6時半には起きないとな」と考えながら部屋に戻ろうとする僕の足音だけが,静かに廊下に響いている。
「密度の濃かった旅が終わろうとしている」
一度立ち止まった僕は,目を閉じ、皆の鼓動を感じようとしていた。
「あっ,そういえば鼾が酷いって言ってたっけ」
「こりゃ全然眠れないかもな」
ドアを開け部屋に踏み込んだ僕を待ち受けていたのは,想像した以上の音の洪水だった・・・

「あの,ちょっと待っていただいていいですか?」「あぁ,いいよ」「スイマセン」
湯本駅前。
Kさんも「星の王子様ミュ−ジアム」に行けるのを楽しみにしていたのだが,急遽、今日受け取らなければいけない物が出来たらしいのだ。
「あの,私、すっごく残念なんですけど、やっぱり戻ります」
「そうかぁ,行きたがってたのにねぇ」
「ハイ,本当に残念なんですが・・・」
Yさん,Iさんと別れを惜しむ彼女。
「じゃあ,お疲れ様!!」
ロマンスカ−組と,本当にオ−ラスとなる全体の打ち上げでの再会を約束して、僕等はバス停へと移動した。
時間はあらかじめ調べてあったので,ほどなくやってきたバスに乗り込む。
混んでいなければ,多分30〜40分で着く筈だ。
心配をよそに,バスは久しぶりの九十九折を快調に上っていく。
ただ雲の動きが少し気になってはいたのだ。
「ハイランドホテル」まで後少しと迫ったところで,雨粒が突然落ちてきた。
と思ったら,あっという間に、どしゃぶりとなった。
「参ったなぁ,でも、ここらへんだけかもしれないし」
そんな淡い期待を抱いてはいたのだが,目的地が「仙石原」にある限り、それは臨めないだろうと諦めてはいたのだ。
案の定,雨脚は強まる一方で「星の王子様ミュ−ジアム」は見事に雨に煙っていた。
僕にとっては二度目の来館となる。
今回,男で参加していたのは、僕と、ミキサ−のKu君とKo君の三人。
Ku君も以前来た事があり,ガイドよろしく僕達を導いてくれた。
Yさんはここが非常に気に入ったらしく,色んな場所で、デジカメのシャッタ−を切っていた。
バスの中でも,ず〜っと窓の外を凝視していたのだ。
「おもしろい?」と問う僕に「ハイ!とっても」と言って。
展示ホ−ル1F・2Fを見学中,Kさんから「皆さん楽しまれていますか?」というメ−ルが入ってきたので、返信しようと打ち始めたのだが、ここらあたりから睡魔と二日酔いと疲れが一気に突然襲ってきて いて、普通に立っているのも億劫な状態になり、メ−ルを打ちながら時々意識が飛んでいたのだ。
なので気付くと文章が「みなさん,おげんこに大丈ふってね!」などと意味不明な事を書いていたりしたのだ。
Kさんに返信するだけで一体何回書き換えた事か。
しかしここで座ってはいけないと思った僕は,ヨロヨロしながら踏み止まる事を繰り返しながら(皆には分らない程度だったと思う)、体調をじょじょに戻していったのだ。
昼食は,4月5日にリニュ−アルされたという、カジュアルフレンチレストラン「ル・プチ・プランス」で。
ここは,湖尻にあるフレンチの名店、あの「オ−ベルジュ・オ−・ミラド−」勝又シェフのプロデュ−スした店として、今大注目されている場所でもあるのだ。
こんな雨にも関わらず店内は混みあっていた。
しばらく待った後,席に案内される。
ランチは大変美味しく,一同、昨日・今日の出来事を振り返りながら、和やかで楽しい時間を満喫した。
雨は時折激しく降ったり,小降りになったりを繰り返している。
土産物を物色している時,残念な事実に行き当たった。
前に訪れた時に「いいな」と思っていた,星の王子様仕様の腕時計がもう販売されていなかったのだ。
確か二種あったと思うのだが,その一種類を僕は大変気に入っていたのだ。
各々購入していく中,Iさんはまだ迷っているようだった。
どちらにするかという事で。
結局,Yさんの「両方買っちゃえば」という悪魔の囁きに理性の箍(タガ)を外された彼女は、それでも大満足の表情を浮かべ二品を見比べていた。
もう少し時間があれば,本当なら、ここから「湖尻」までバスで行き「元箱根」まで海賊船に揺られ、そこで「成川美術館」に入り、一服の素晴らしい絵画のような景色を見せてあげたいと思っていたのだ。
ここの一番の「絵」は,さる巨匠の作品ではなくこの「景色」だと僕は思っている。
エントランスを入った瞬間に僕達を迎えてくれるそれに,声をあげない者などいないであろう。
真っ正面に大きく切られた窓の向こうに広がる芦ノ湖の風景。
今ではその横に,カフェが作られており、大きな窓は同じで、とても開放的な居心地の良い空間を形成している。
しかし・・・
そうなのだ,少しだけしか変わらない筈なのに「絶景」はロビ−の方なのだ。
「また是非来たいです!」
というYさんの声を聞きながら「また皆で来られたらいいね」と僕。
その時は,箱根のゴ−ルデン・コ−スと呼ばれるル−トを案内してあげようと思っていた。
「スイッチバック方式の登山電車に乗ってね」
「そう言えば暫く強羅の方にも行ってないなぁ・・・」
そんな事を思いながら正面のオブジェをデジカメで撮っている彼女達を待つ。
次に来るバスに乗れば,ちょうどいい時間にロマンスカ−に乗れる筈だ。
この雨はここ「仙石原」だけのもので,多分下の方は晴れているのだろう。
「皆,今回の旅行を楽しんでくれただろうか」
カ−ブの向こうからバスがのっそりと姿を現わす。
「またホントにこられたらいいね」
心で呟きながら,バスのステップに足を掛ける。
「もし泊まるんだったら今度は・・・」
いくつかの宿を思い浮かべながら「今度は俺も枕投げに参加させて欲しいな」と思っていた。
その時には,添乗員よろしく彼女達の先頭を元気に歩く僕がいるだろう。
だって,Kさん、Iさん、Yさんは言っていたのだ。
「新庄先生に,わかったね、って言われたら、絶対、ウン、って言っちゃいますよ」と。

「先生の言う事はしっかり聞くんだよ,わかったね!」「ハイッ!!」

そんな映像を箱根の空に映しながら,心地良いバスの揺れに身を任せる。
いつのまにか僕は,その続きを夢の中で見ていたようだ。
皆それぞれの光の中で,とびっきりの笑顔を浮かべていた。

「よろしくお願いします!」
気付くと,マイク前にKさんの姿が。
僕の右には,Yさん、そして、Iさん。
左には,S君、H君、Tさん、Nさん。
その壁側に,Ya君、T君、Na君、In君、Ys君。
スクリ−ンには,あの皆で撮った集合写真が揺曳していた。

「スマイル〜ショッ〜!!」

その時,確かに僕は感じていたのだ。
「DAN DOH!!」が起こした心洗われる風を。
芝の香りを,汗の匂いを。
そして君の,皆の鼓動を。

「いつの日か再びここに立ちたい」
そう,強く繰り返し思う僕がいた。

「光はいつまでも降り注ぎ続けるんだ」
そう,強く信じている僕がいた。

「光の中で,人は一生歩み続けていくのだ」
瞳に強い輝きを宿したまま,真っ直ぐに前を見詰める、僕がいた。

微笑むように前を見詰める,僕がいた・・・


PS:本編は,掲示板に不定期連載されていたショ−ト・エッセイ「ラウンドするばい!!」〜ダンド−徒然日記〜の特別編・最終章として書き下ろされたものである。



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