その先へ・・・ |
「よしっ!」 0:08分 大観覧車の照明が落ちた。 昨日までの2日間は,気が付いたら既に消えており、悔しい思いをしていたのだ。 以前は,0:00分になったら消えていたように記憶していたのだが、今はそうではないらしい。 「しかし何の前触れもなく突然落ちるんだな」 少し高揚した気分を抱えたまま、進行台本に目を落とす。 「明日(正確には今日)で最後か」 CDプレイヤ−をONにし,明日唄う曲の頭だしをする。 テ−ブル上の携帯スピ−カ−から流れる曲を聴きながら、ミルクティ−を一口。 心の中で口ずさみながら,昨日まで全力で駆け続けたステ−ジを思い描く。 素晴らしい環境(場所)と,素晴らしいオ−ディエンス。 そんなステ−ジに立てる幸せを,僕は全身で噛み締めていた。 魂に刻み込もうとしていた。 「この3日間を走り抜けばその先に何かが見える」 そんな事を漠然と思っていたのだ。 そう・・・「その先へ」と・・・ いつの頃からだろう。 僕はショッピングも「仕事」と考えるようになっていった。 様々なショップを巡り,ほぼ全てと言っていい程のメンズ・ファッション誌に目を通し、ネットサ−フィンをしている内に、 自分なりの,自分しか持ち得ないような「ファッション感」というものが培われていったようだ。 何事も準備が大事だと考える僕にとって,その仕事(イベント)が決まった瞬間から、コ−ディネイトは動き出している。 「陰&陽」「静&動」「ON&OFF」 バランスを取る時と,崩す時。 ステ−ジで使われた服達は,その後日常で使われていく事になる。 中にはステ−ジのみという服もあるのだが。 興味を魅かれた服があると,頭の中で自身に纏わせてみる。 ワ−ドロ−ブの中の他のアイテム達と合わせてみる。 タイトルが決まっていれば,合わせやすいのだが、普段そういう事は少ないので、様々なバリエ−ションに対処出来る ように、それこそ多種多様なパタ−ンを取り揃えておく。 その内に,僕のファッションは、だんだん「はずれ感」を楽しむようになっていったようだ。 様々に張り巡らされたネットの世界から「これは」と思える作品を探し出す。 「これは」と思えるショップに飛び込み,気になった作品には袖を通してみる。 靴の場合,少し大きかったとしても、どうしても欲しければ中敷きを活用して修正している。 「ファッションは我慢だ」ともよく言われるが,最近は特にその傾向が強いようだ。 しかしそのお陰で,自然と身が引き締まるのだ。 心気が澄み渡る気がするのだ。 何か「自信」のようなものが芽生える気がするのだ・・・ 今回は今迄で一番多くの服を選んだ。 前日に控え室に全ての衣装を運び込む事を決断。 ぶつぶつ言いながら,衣装を、日にち順、出番順に揃えていく。 歌のみの衣装もあるので,何度も何度もシュミレ−トを重ねていく。 気が付けば1時間が経とうとしていた。 「これだけの事なのに相変わらず俺は要領が悪いな」 苦笑しながら,前泊の決断は間違っていなかった事を再確認し、明日からの準備に追われるスタッフの何人かと 挨拶を交わした後、コンビニに寄り、ホテルの部屋を目指した。 暫し思案した後(のち),夕食はル−ムサ−ビスで済ませる事にする。 明日の進行のシュミレ−トと,歌・ドラマなどの最終チェックに、自分の性格上、まだまだ時間が掛かると思ったからだ。 3日間,3時間のステ−ジを6回。 いつものようにペ−ス配分などはない。 「その時その時のステ−ジを全力で務める」 「腕はちぎれるまで振り続け,疲れたからと言って休むなど言語道断」 「全て渾身のストレ−トを投げ込む事」 これらの事は「言わずもがな」の事ではあるのだが,僕はもう一度、心に刻み込んでいた。 ル−ムサ−ビスでの夕食を済ませ,シャワ−を浴びると、残っていた歌のチェックを始める。 目の前には,千変万化するイルミネ−ションが美しい観覧車。 「そう言えば,0時に消えるんだったよな」 そんな事を思いながら,音の波に身を委ねる。 窓の外の世界は,漆黒の衣を纏いながら、時折、その内側にしつらえられた色取り取りのビ−ズを煌めかせているようだ。 その瞬きが一つ一つ消えていく。 それと共に「明日」という日がじょじょに姿を現していく。 「うん・・・まだ消えないのか」 時刻は,てっぺんを少し回っていた。 次に目線を上げた時には・・・暗闇だった・・・ 何か釈然としない気持ちを抱えたまま,最後のフレ−ズを聴き終える。 新しくミルクティ−を淹れ直すと,部屋の灯りを全て落とし、椅子に座り直す。 「明るいな」 先程までは気付かなかったのだが,晴れた空に、月が冴え冴えとした光を放ちながら、静かに輝いていた。 その様は,まるで、これから始まるステ−ジの成功を、祈ってくれているようだった。 「・・・」 心臓の辺りに手を当ててみる。 穏やかだ。 「いつもと同じように」 そう,いつもと同じようにステ−ジを務めよう。 少し冷めたミルクティ−を口に運びながら,瞑目している自分がいた・・・ 「その先へは・・・」 ステ−ジの上で,僕は何度も何度も「その先」の何かを掴もうとしていた。 まるで,いつかの沖縄・渡嘉敷島の夜の浜辺で、手を伸ばせば「天の川」が掴めそうだと思ったように。 それが「錯覚」だと分かっていながら,手を伸ばしては掴む動作を繰り返していた。 いや,掴んで戻した掌には、確かにキラキラと輝きを放つ「破片」が留まっていたのだ。 そしてあの時「ネオロマ」のステ−ジを降りた僕には,沢山の「破片」が纏わり付いていたのだ。 僕を一段階高い「その先」へと押し上げてくれるであろう輝きが。 例え身体から,その「破片」が全て零れ落ちようとも、その度に「心」に降り積もってゆくのだろう。 その事が,今回は、何故かハッキリと感じられたのだ。 己の力だけでは決して辿り着く事の叶わない,その先へと。 一つの事を成し遂げない限り,見る事の、感じる事の出来ない世界。 成し遂げ続けない限り,見る事も、感じる事も許されない世界。 特別ではない,日常の繰り返しの中に、息を殺して潜んでいる世界。 扉は開かれる。 その先には光が満ち溢れていると信じて,今日も、ある覚悟と共に、扉を開け放ち続けるのだ。 全身で光りを受け止める為に。 「思い」を受け止める為に。 黄昏時。 風が,いや、全てが止まってしまったかのような時間。 言葉としての答えは出ず。 いや「答えは出ず」と言うよりも,答えなど最初からなかったのかもしれない。 今迄も,そしてこれからも。 答えのない問題を解こうと必死になって生き続けていくのだろう。 「合格点」は当たり前で,そこからのプラスアルファが勝負の世界。 足下を疎かには出来ないが,常に「高み」に目線を上げ続けて。 日常に埋没しそうになりながら,アンテナをしっかりと張り巡らせ。 触れてくる様々な出来事に「触発」されながら。 以前よりも「振れ幅」の大きくなった自分を心地よく感じながら。 「余裕」を持つ事の大切さを痛感しながら。 降り積もった「破片」達は,僕の中で今日も確かに息づいている。 いつまでも静かに,仄かな暖かい灯りを瞬かせながら。 「その先へ・・・」 誰も見た事のない「その先」へと,誰もが一歩づつ歩を進めているのかもしれない。 誰もが「その先」を夢見ているのかもしれない。 道は自分で開いていくしかなく。 降り積もった「破片」達は,どのようなを変化を遂げていくのだろう。 それとも,何の反応も起こさないのだろうか。 「日々に埋もれたくない」 足掻き続けながら,これからも生きていくのだ。 不敵に微笑みながら,これからも生きていくのだ。 自分しか辿り着けない「その先へ」と。 きっと死ぬまで想い続けるのだ。 「その先へ」と,歩み続けていく己の姿を。 繰り返すのだ,ただ、たんたんと。 たんたんと・・・ 15周年アニバ−サリ−の朝。 カ−テンを開け放った窓の向こうには,限りない青い世界。 僕は,その世界と会話しながら、ル−ムサ−ビスの朝食を摂っていた。 パインジュ−スを飲み干すと,銀食器のポットから、紅茶を注ぐ。 カップには,既に暖められた牛乳を容れてある。 一口含む。 その時目の前をカモメが掠めた。 また一口。 腕時計に視線を落とす。 集合時間まであと30分。 今日唄う歌のサビのフレ−ズが自然と唇から零れていく。 ト−ストの最後の「欠片」を口に放り込む。 ナプキンで丁寧に拭い,椅子から立ち上がると,窓辺に手を付き「パシフィコ横浜」に目をやっていた。 「今回も世話になる。よろしくな」 その時パシフィコが微笑んだような気がした。 歯を磨き,朝食が載ったテ−ブルを下げるため、ドアの近くに移動させる。 今日の分の台本を確認し,再び窓際の椅子へ。 「この空を自由に翔べたらいい気分だろうな」 青い空を見ながら,そんな事を思っていた。 「どこへでも行けるんだ」 ・・・どこへでも・・・ 「おっと,もう時間か」 「じゃあ行ってくる」 窓の外と部屋にそう声を掛け,ワ−ドロ−ブからカ−ディガンを出すと、鞄を掴み、ドアに向かう。 ドア越しにザワザワと話し声が聞こえる。 集合場所のエレベ−タ−ホ−ルは,部屋の正面だった。 もう一度部屋を見渡すと「翔んでくるよ」と呟き,ドアノブに手を掛ける。 「その先へ」 いや,僕は今日、どこまででも翔んでいけるような気がしていた。 そう・・・あの空の果てまでも・・・ 2009/10/15(木)15:16 茅ヶ崎「スタバ」にて & 2009/10/27(火)18:23 同上 & 2009/10/28(水)15:40 同上 & 2009/11/1(日) 同上 & 2009/11/24(火)16:23 同上 & 2009/12/2(火)15:46 同上 & 2009/12/4(金)16:05 鎌倉「Life」にて |
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