ラ・メゾン・アンシェンヌ


それは偶然だった。
その日は家を出る直前まで「ブロンプトン」で「OKASHI0467」を目指す予定でいたのだ。
先日降った雪の影響もないだろうと判断しての事であり,身体が希求してもいたからだ。
それが直前で「今日は江ノ電に乗って,極楽寺から歩こう」という気分に変わったのだ。
暫しどうするか思案した後(のち)「心の声に素直に従うか」と,本日の行程を見直す事にした。
結果,電車を一本見送る事に。
装備を改めた後,家を出る。
風もなく,穏やかな一日になりそうだ。
駅へのいつもの道を歩きながら,その時は、あのような出会いが待っているなど、微塵も想像していなかったのだ。
「自分の第六感は信じるべきだ」
常日頃からそう思っていた自分。
出会いはまさに「偶然の風の中」にある。
もうすっかり雪が溶けてしまった道を歩きながら,僕は「江ノ電」から見える車窓の風景を、頭の中に思い描いていた・・・

「極楽寺」駅ホ−ムのベンチで,おにぎりを頬張る。
写メを撮り合っている観光客の前を通り改札を抜ける。
改札前にも,駅舎を写メしている方が何人かいた。
先日,久しぶりに「鎌倉清雅堂 」を訪ね、情報通なMさんと、ドラマ「最後から二番目の恋」の話しをしていたのだが「今は8話を撮っているらしいですよ」とMさんが言っていた事などを「スケジュ−ルはそんなにタイトなんですねぇ」と言った自分の言葉と共に、思いだしていた。
「ここだここだ!」
という声を背に,緩やかな坂を上がって行く。
そのまま道なりに右に行くと,今度は「長谷」方面に向う下りに差し掛かる。
10メ−トル程下った辺りだろうか。
以前訪なった事のある「アンティ−クショップ」(左側)への入り口を過ぎようとした時,何か気になったのか,そこに吊されたショップ案内の紙を一枚手に取った。
その瞬間僕の目に飛び込んできたのだ「カフェ」の文字が。
「えっ,あそこカフェなんか併設してたっけ?」
こっちから来たのも何かの縁かもと,まるで「箱根登山鉄道」のスイッチバック方式のような急坂をジグザグに登り、以前一度訪れた事のあるショップを目指す。
ある家の前を通り過ぎようとした所で「こんにちは」と声を掛けられた。
「えっ」と思い左を向くと,どうやらその家の人らしい。
しかも,アラブ系とおぼしき外国の方だった。
「どうも」と僕も反射的に返事を返しながら通り過ぎようとしたのだが「ん?」と思い,その家の前で足を止めた。
「・・・ここか・・・」
そう,以前この前を通った時には「ここも何かのショップかな?」程度にしか思わなかったのだ。
確かに今僕が見ている「看板」にも見覚えがある。
全く普通の一軒家にしか見えなかった。
開け放った玄関に入り声を掛けるとスタッフの女性が現れ「どうぞ」と請じ入れてくれた。
どうやら左側の一階部分が「アンティ−ク雑貨」や様々な「紅茶」やその他諸々を扱ったショップになっており,二階部分が「カフェスペ−ス」のようだ。
僕が訪ないをいれる寸前,大きな荷物を持った男性が坂を上ってきたのだが、どうやらその男性は「カメラマン」で、今日は、店の取材が行われる日のようだった。
その時納得したのだ。
先程僕に声を掛けてきた「ショップ」の男性は,僕の事を、取材スタッフと間違えたのだろうと。
店内には,沢山の「紫陽花のドライフラワ−」が所狭しと吊り下げられている。
その光景に,何故か僕は、二十年以上前の「清里」を憶い出していた。
あの懐かしい,変貌を遂げる前の「萌木の村」を、ドライフラワ−ショップ「む〜あん」を、憶い出していた。
一階横の部屋は後で見せて貰う事にし,狭い階段を上り二階へ。
二人程先客がいた。
二階でも同じく沢山の「紫陽花のドライフラワ−」が迎えてくれた。

「このような場所にこんな空間があったとは」

メニュ−を見ると,ハ−ブティ−の取り揃えが多く、様々な種類を楽しめるようだ。
先程のカメラマンも僕の後にすぐ上がってきて,セッティングを始めた。
スタッフとの会話から,どうやらもう一人来るようだ。
僕が腰を落ち着けたのは,窓際の一番手前にある、半円形のテ−ブル席だった。
やがて真ん中(窓際)の席に居た先客の二人が席を立ち,それと入れ替わるように取材スタッフの女性が姿を現わした。
悩んだ挙げ句選んだのは,いつもの「ミルクティ」
様々なハ−ブティ−は,また折を見てと思ったのだ。
取材の遣り取りを背中で聞きながら,僕はず〜っと景色を見ていた。
撮影が始まっても僕の視線は外に注がれたままだった。
「お待たせしました」
の声に我に返ると,目の前には、少し大きめのボウルに容れられたミルクティ−が。
(ここでは全ての飲み物(アイスを除き)を,アンティ−クのカフェオレボウルに容れて出しているようだ)
もう少し暖かくなると本当に沢山の鳥の鳴き声に包まれるのだと言う。
そう,もう一つ、空間としてここが好きになった理由は「無音」であるという事だった。
「音楽」を流していないので,自然の音が、ダイレクトに耳に届いてくるのだ。
鳥の声,木々のざわめき、風が窓ガラスに当たる音、etc・・・etc・・・
多分、雪が降る日は雪の音が。
雪景色に彩られた日は「静寂」という「無音」の音が。
多分,雨の降る日は雨の音が。
そぼ降る雨に煙る日は「漠寂」という「薄墨」の音が。
生き物達と,自然の音が織り成すアンサンブルが、きっと、得も言われぬ「癒し」の効果を与えてくれるのだろう。
この風景も然り。
リス(台湾リス)も沢山いて,店がディスプレイ用に出しているパンを、いつも食べにくるという話しだった。
実はこの日もリスが来ていて,パンを堂々と食べていたようなのだ。
その様子をカメラマンが写していたのだが,僕の席からは、そのリスの堂々たる姿を見る事は残念ながら叶わなかった。
視線を目の前に見える隣のお宅の庭へ向けた。
手入れの行き届いた綺麗な庭だった。
とそこへ「ヒヨドリ」が飛んで来て,その庭の中央にある木の枝に留まった。
「・・・ん?」
暫く見ていた後,少し不思議な事に気が付いた。
勿論「ヒヨドリ」は珍しい鳥ではなく,どこでも見る事が出来るし、我が家の庭にもよく飛んでくる。
枝に留まって,落ち着き無く周囲を見回し、そして何処かへと飛び去っていく。
それが・・・
「よっこらしょ」という具合に,その木の枝の中程に、居を定めてしまったかの如く鎮座し、じっと蹲ってしまったのだ。
落ち着き無く周囲を見回す事もなく,静かにしている。
時々は首を動かすのだが,多分そこがお気に入りの場所なのだろう、完全に「寛ぎモ−ド」に入ってしまったようなのだ。
山鳩が一羽飛んで来て庭を歩き回っている。
それからどの位の時が流れただろう。
僕が両手に持ったボウルのミルクティ−はほぼなくなり,取材スタッフは何時のまにか引き上げていた。
「あっ」と思った瞬間「ヒヨドリ」と「山鳩」は飛び立っていた。
家の玄関に続く門を,おばあさんが開けたところだった。
きっとここは彼等(彼女等)にとって,何の心配もせずに居られる場所なのだろう。
何の警戒もせずに,ゆっくりと羽を休める事の出来る。
屋根伝いにリスが,まるで軽業師のように走って行き、あっという間に僕の視界から消えていった。
すっかり冷めてしまったミルクティ−の最後の残りをゆっくりと飲み干す。
今日はとうとう本を開く事がなかった。
ここから四季の移ろいを眺めてみたいと思った。
「春・夏・秋・冬」
春には春の。
夏には夏の。
秋には秋の。
冬には冬の。
カフェスペ−スには僕しか居なかったので,全ての椅子に腰掛けてみる。
どれも趣のある味わいを醸し出しており,座り心地もそれぞれ違うのだが、それぞれが、何か暖かみを持っていて。
共通して言えるのは「心地良さ」だろうか。
アンティ−クでクラシカルなテ−ブルやイス,小物達は、全てが「売り物」でもあると言う。
だから,もし購入された場合は「入れ替わる」のだそうだ。
聖書イスと呼ばれる,背凭れの後ろに聖書を容れる為のボックスが作られている椅子もあった。
そこに座っていると,自分がまるで、ヨ−ロッパのどこかの片田舎の教会に居るかのような錯覚を覚えた。
眼を瞑(つぶ)ると「讃美歌」も聞こえてきそうだ。
「さて,下のスペ−スを見せて貰ってから帰ろうかな」
もう一度,視線を窓の向こうへ。
静かだった。
急な階段を一段づつ,慎重に降りてゆく。
先程の女性スタッフから,様々な説明を受ける。
パンやスコ−ン,それに、フレンチト−スト等を、今度訪なった時には食してみたいと思った。
僕が大好きだった「かうひいや3番地」の話題を出した時,その方は大層驚かれていた。
閉店した事は知らなかったと言って。
周りの人達にも「あそこはいいから」と話していたのだと,本当に残念がられていた。
今度,吉祥寺に再オ−プンを果たした彼の地を訪れて、その様子をこの方に伝えにこられればいいなと思った。
「また来ます」と告げ,玄関を出る。
その瞬間,束の間の「時間旅行」が終わりを告げ、僕は「現実世界」へと帰還したのだと理解した。
そうだ,俺は暫しの間「トリップ」していたのだ。
見知らぬ「異国」へと。
知らないにの知っている,あの「懐かしい」空間へと。
そこへ突然「かうひいや3番地」で聴いた,こちらもクラシカルな「壁掛け時計」の時を刻む音が、あの母方の祖父の家に掛かっていた「鳩時計」の音と共に、僕の耳朶に迷い込んできて、共鳴し合い、遙かな天空へと、ゆらゆらと漂い、溶けていった。

フランス語で「古い家」を意味するその空間が,いつまでも、この地に「当たり前」に在って欲しいと、願わずにはいられない。

急坂を下る僕の口元には,何時のまにか「微笑」が広がっていた。
気が付くと,すぐそこに「極楽寺」の駅が。
写メを撮る人の間を抜け,僕はホ−ムの人となる。
やがて入線してくる江ノ電が「305系&355系だったらいいのにな」などと考えていた。

背中に川の流れを聞きながら,僕はそこに「彫像」のように佇んでいた。
背中に「ラ・メゾン・アンシェンヌ」を感じながら,僕はもしかしたら、ここの風景の一部になりたいのかもしれない、と思いながら。
そして,トンネルの向こう側から何かを乗せてやってくる「江ノ電」を待ちながら、もう次の「時間旅行」へと思いを馳せる自分がいた。
「また,あのヒヨドリに逢えたらいいな」

「偶然は風の中」
今日はまさにそれが具現化されたような一日だった。

ふと目を上げると,既に僕は車上の人となり、視界一杯に広がる「湘南の海」を見つめていた・・・



2012/3/2(金)15:30 自宅にて
         &
2012/3/3(土)15:30 「OKASHI0467」にて
         &
2012/3/4(日)01:12 自宅にて
         &
2012/3/5(月」18:35 自宅にて

back Copyright 1999-2012 Sigeru Nakahara. All rights reserved.