女神の「28、2秒」


スパ−ズが王手を掛けて迎えた,ヒ−トのホ−ム、アメリカンエアラインズアリ−ナでのファイナル第6戦
残り時間「28、2秒」
点差は5点
あの時アリ−ナの空間にはどのような時間が流れていたのだろう。
誰もが,そう誰もがスパ−ズの6年振り5度目の戴冠を信じて疑わなかったであろうあの瞬間に・・・

直前の残り「41秒」
ヒ−トの同点ドライブを託された絶対的エ−ス・レブロンがタ−ンオ−バ−。
この直後,反則を受けたジノビリがフリ−スロ−を2本キッチリと沈める。
残り「30秒」
続けてのドライブで,またしてもレブロンが、今度は中途半端なシュ−トミス。
またしても反則を受けたジノビリのフリ−スロ−となるが,1本を落とす。
この時点でクロック表示は「28、2秒」
94対89
最終盤に来てのエ−スの立て続けのミスは,本来であるのならば、もう既にゲ−ムは決したと思われても仕方ないであろう。
それ程お互いのチ−ムに与えるインパクトは「プラス&マイナス」の両極には分かれるが相当な出来事だった筈なのだ。
もしそうならば。
スパ−ズの,ビッグ3と呼ばれる、百戦錬磨の、ダンカン&パ−カ−&ジノビリ、そしてスパ−ズを率いる名将ポポヴィッチをして「気持ちが緩む」という事があったのかもしれない。
「これでチャンピオンだ!」という。
しかし・・・
勝負は,タイムクロックが「0」になるまで分からないのだ。
そして優れたプレイヤ−は,優れたチ−ムは、最後まで「諦める」という言葉を脳裏に浮かべる事はないのだ。
かくいう僕も声に出していた。
「又,レブロンはスパ−ズに負けるのか、届かなかったか、負ける時はこんなものか・・・」と。
6シ−ズン前,キャバリア−ズ時代にレブロンは初めてファイナルの舞台を踏んでいた。
弱冠22歳だった若者は時代の風も力にし,このファイナルを取れば、名実共に「レブロン時代」の幕開けだろうと、そこここで噂されていたのだ。
自信満々でファイナルの舞台に乗り込んだレブロン。
しかしその夢を完膚無きまでに叩き潰されたのが,ウエスタンカンファレンスの雄、スパ−ズだったのだ。
それも4連敗,スイ−プという、不名誉な記録と共に。
2シ−ズン前
レブロンがヒ−トに移籍し,ウエイド&ボッシュと共に「スリ−キングス」と呼ばれ、強力なオフェンス力でファイナルに上り詰めるも、悲願の初優勝を目指す「ダラス・マ−ヴェリックス」の前に、チ−ム生え抜きのエ−ス、ノヴィツキ−の前に、この同じ第6戦のホ−ムで敗れ去った。
ファイナルでのノヴィツキ−のタイトルを獲りたいという強い思いの現われた「鬼神」の活躍はいまだ記憶に新しい。
そう,この二つの「トラウマ」になっていてもおかしくない出来事をレブロンが払拭出来るのかがとても大きなポイントであったのだ。
そしてあの時間帯。
ヒ−ト,タイムアウト後のオフェンス。
最後のショットは誰が放つのか。
スロ−イングされたボ−ルは動きながらスペ−スに入り込んだレブロンへ。
レブロンが迷いなく放ったスリ−ポイントショットはリングに弾かれるもリバウンドはヒ−ト。
そのボ−ルを受けたレブロンが再びスリ−ポイントショットを放つ。
ゴ−ルに吸い込まれた瞬間,アリ−ナが大爆発!観客は総立ちとなった。
94対92
会場のボルテ−ジは一気にマックスを超え,雰囲気は一転「何かが起こる」という熱気が期待感となって渦巻き始める。
実はこの時,スパ−ズの名将ポポヴィッチは、両チ−ムの「命運」を左右する、ある采配を下していたのだ。
ヒ−トのスリ−ポイントショットを防ぐ為に,高さで絶対的優位を誇る、エ−ス・ダンカンを下げ、より動けるスモ−ルラインナップの布陣を組んだのだ。
「打たせない為」にはこれは当たり前の,最も「安全」な策と言ってもいいだろう。
ポポヴィッチの打った手は,まさに「必勝」の一手だった筈だった。
だが・・・
その事によってリバウンドを相手に拾われスリ−ポイントショットを決められてしまったのだ。
痛恨の采配と言ってもいいだろう。
そして。
時間を止める事しか出来ないヒ−トは,スロ−イングからボ−ルを受けたレナ−ドに反則をし(この時点で残り19、4秒)、レナ−ドがフリ−スロ−。
ファイナルでのスパ−ズの躍進を支えた若手の一人レナ−ド。
フリ−スロ−を2本とも沈めれば点差は4点となり,逆に窮地には追い込まれたものの、スパ−ズの勝利はほぼ間違いない。
運命のフリ−スロ−。
だが明らかにいつもよりシュ−トモ−ションに入る動きが遅く,表情も硬い。
この時程,レナ−ドはアウェ−のプレッシャ−、洗礼というものを感じた事はなかったに違いない。
チャンピオンへの運命のショットは、打った瞬間に駄目だと分かるものだった。
2本目は沈めたものの点差は3点
95対92
ヒ−ト,タイムアウト。
最終的なオフェンスの指示が,ヘッドコ−チのスポルストラから伝えられる。
最後の最後はやはりレブロンなのか。
スロ−イングされたボ−ルはやはりレブロンへ。
運命のスリ−ポイントショットが放たれる。
(この時,ポポヴィッチはやはりダンカンをベンチに退けたままだった)
ボ−ルが大きくリングに弾かれた瞬間,場内を大きなどよめきが包み込む。
リバウンドはボッシュが制し,パス。
そのパスをスリ−ポイントラインの外へ下がりながら受け取ったレイ・アレンが、右隅の角度のないところから、目の前に相手選手、パ−カ−が詰めてきていたのにも関わらず、その上から渾身のスリ−ポイントショットを放った。
綺麗な放物線を描いたボ−ルは,ど真ん中からゴ−ルイン。
残り5、2秒
再びアリ−ナは大爆発を起こし観客は総立ち,騒然となった。
何と,何とここにきて、とうとう「ヒ−ト」が追いついたのだ。
95対95
勿論スパ−ズにはまだラストオフェンスのチャンスが残されていたのだが,ドライブインしようとする、相手のポイントガ−ドであるパ−カ−のオフェンスを見事に封じ込め、死闘はオ−バ−タイムへ突入した。
その結果は。
オ−バ−タイムでヒ−トのディフェンスが尚一層強力になり,スパ−ズに自由なオフェンスをさせなかった。
延長残り33、8秒
パ−カ−のショットを,ボッシュが見事にブロック。
残り5、2秒
ゴ−ル下に切り込んできたジノビリがタ−ンオ−バ−
ボ−ルを奪いパスされたレイ・アレンにスパ−ズの選手がファウル。
残り1、9秒
レイアレンがフリ−スロ−をキッチリと2本沈める。
100対103
タイムアウトを取ったスパ−ズのポポヴィッチが選手を集める。
ゲ−ム再開。
ロングリリ−スされたボ−ルは,このファイナルでスリ−ポイントショットの成功数で歴代1位に躍り出た、スパ−ズ躍進の原動力となった若手の一人グリ−ンへ。
それを読んだボッシュが素早くグリ−ンの前に詰める。
スリ−ポイントショットを放とうとしたその瞬間,ボッシュが素晴らしいブロック。
その瞬間,ゲ−ムオ−バ−を告げるブザ−が、歓喜渦巻くアメリカンエアラインズ・アリ−ナに木魂していた。
2013ファイナルの,歴史に残る、人の記憶に残るであろう稀に見る死闘・激闘は,最終決戦第7戦へと持ち越された・・・

88対95
これが最終第7戦のファイナルスコアだ。
最終決戦はスタ−トからどちらに転んでもおかしくない状況で,ラストクォ−タ−の最終局面まで推移していった・・・

このファイナルで先手を取ったのはスパ−ズだった。
ホ−ムアドバンテ−ジを持っていたヒ−トのホ−ムで行われた初戦で,いきなりヒ−トを破ったのだ。
それからはどちらも連勝がなく,取ったら取り返すを繰り返しながら、第7戦まで駒を進めた。
特筆すべきは,負けたチ−ムは必ず良くなかった点を修正し、相手に逆に「宿題」を突き付けて勝利してきたという点だろう。
勿論,ゲ−ム中、各クォ−タ−毎の、ヘッドコ−チを中心とした素早い修正能力、もっと細かく言えば、タイムアウト毎に行われた各陣営の的確なプレイヤ−への指示など、相手との読み合い、探り合い、勝負どころを踏まえたロ−テ−ションなど、戦術・戦略面を含めて、とても見ごたえのある、息詰まる攻防であった事は確かだ。
(その指示を的確にコ−ト上で表す事の出来るプレイヤ−であるからこそ,彼等は「NBAプレイヤ−」と呼ばれるに値するのだろう)
それをゲ−ムの間中集中しつづけるのだから,NBAプレイヤ−&スタッフのタフさは驚嘆すべきものであり、常に刮目させられていたのだ。
ではこのどちらが勝ってもおかしくなかった死闘を制した要因は何であったのか。
それは第6戦をあのような形で勝利した「ヒ−ト」の勢いと,最大限の力を発揮して決めにいったゲ−ムを落としてしまった「スパ−ズ」との差、と言ってしまえばそうなのかもしれない。
しかしそれだけではない。
あの最終盤の局面で「スパ−ズ」がミスを犯してしまった事と,エ−スのダンカンが、ここぞという場面で、自分が優位な身長のミスマッチがあったのにも関わらず、シュ−トを決めきれなかった事だ。
逆に「ヒ−ト」のエ−ス,レブロン・ジェ−ムスは、最後まで、ミドルレンジのジャンプショットを決め続けた。
だが第6戦で自分達が大逆転をしたように何かが起こるかもしれないという意識から,レブロンは最後までチ−ムメイトを鼓舞しつづけたのだ。
そしてタイムアップ。
「ヒ−ト」が史上6チ−ム目の連覇を達成した。
この第7戦を見ていて,途中から自分が色濃く感じていた事があった。
僕は多分それが「ヒ−ト」を勝利に導いた要因の中でも大きな部分を占めていたのではないかと思う。
それは,ファイナルの初戦から言われ続けてきた事の内の一つなのだが「ペイント内を制するチ−ムが勝つ」だろうという事。
諸々,他にも幾つかの要因はあるのだが、その事は特にビッグセンタ−を持たないスモ−ルラインナップで戦う「ヒ−ト」にとっては「明暗」がくっきりと別れる事になるであろう「重要事項」であったのだ。(これはレギュラ−シ−ズンからヒ−トがずっと言われ続けていた事ではあるのだが)
確かに6戦までの数字を見ると,ペイント内を制しているチ−ムの方が、より勝利に近づいているのが分かる。
ならば「ヒ−ト」の戦略はそうなって何の不思議もない。
「ヒ−ト」がペイント内で圧倒し「スパ−ズ」に大勝したゲ−ムも確かにあったからだ。
ペイント内を圧倒し,相手のディフェンスが収縮した所を、ミドルレンジ、ロングレンジのショットを決めていく。
これが決まり続ければ,優位にゲ−ムを展開出来るのだ。
だが,ペイント内を固められて、ミドル・ロングなら打たせてもいいという戦術で相手が来た場合に、中・長距離砲が決まらなければ、もうどうにもならない展開に逆に陥ってしまい「負」の スパイラルを続けていく事となり、チ−ムのオフェンス&ディフェンスは崩壊する。
「ヒ−ト」も1度「スパ−ズ」に信じられない程の大差を付けられて敗れた事があった。
その時には,相手のスリ−ポイントシュ−タ−達の大爆発があったのだが。
話しを戻すが,僕は、レブロン&ウエイドの「覚悟」がこのゲ−ムの命運を左右したと感じている。
ウエイドの膝はもう悲鳴を上げ,限界を越えていた。
プレ−出来る状態ではなかったのだ。
その中で出来うる限りの治療を施し,あれだけのパフォ−マンスを繰り広げた「精神力」は驚嘆に値する。
そして勿論、レブロンにしろウエイドにしろ、一番得意なオフェンスは、ペネトレイトからペイント内を攻め切ってのレイアップやダンク、アリュ−プパスからのポイントなのだが、この大一番では最初から「ミドルレンジ」のショットで勝負しようと決めていた感が、レブロン&ウエイドにはあるのだ。
(ウエイドは膝の状態が芳しくなかったからかもしれない)
チャンスがあればペネトレイトという意識は最後まで持ち続けていたのだろうが。
そのオフェンスも所々には出ていたのは確かだ。
「スパ−ズ」サイドは,レブロン&ウエイドに対しては、最初からペネトレイトは絶対にやらせてはいけないといディフェンスを徹底していた。
故に,詰めたディフェンスではなく少し距離を置いたディフェンスを敷いていたのだ。
それをレブロンは逆手に取った。
追い込まれ,選択の余地がなくなった中での、打たされたミドルショット、スリ−ポイントショットではなく、自分のタイミングで打てる時には打つという積極的なジャンプショットにしようと切り替えていたのだ。
第7戦を見ていて,そう考えないと辻褄が合わないのだ。
だが,決め続けなければ意味がない。
それをレブロンは,常人では有り得ない「集中力」と「責任力」を発揮して、最後までミドルレンジのショットを決め続けたのだ。
逆に「スパ−ズ」は,名将ポポヴィッチは、最後まで決まり続ける筈がないと思っていたのではないだろうか。
最後に駄目押しのミドルショットを決めたのもレブロンであった。
レブロンは,スリ−ポイントショットも、この最終戦が一番切れていた。
得意技を自ら封印して,一つ一つのショットの精度を上げ、丁寧に決めていく。
勿論,今日の自分のコンディションやシュ−トタッチから判断を下した事ではあろうが、そこには連覇に掛けるレブロンの並々ならぬ熱い魂が透かし見えるようだ。
レブロンの「潔さ」がこの結果をもたらしたと言っても過言ではないと僕は思っている。
レブロン時代の幕開けを告げる鐘の音がアリ−ナに響き渡った気がしたのは自分だけだろうか。
レブロンは2年連続で,シ−ズン&ファイナルMVPを獲得した。
そして,ヘッドコ−チ・スポルストラがもたらした革命的な布陣、絶対的なセンタ−を置かず、スピ−ドと精度で相手を攪乱していくシステムは、NBAに新たな可能性の扉を開いた事は事実だ。
「連覇」は色々なノイズを黙らせるには最高の出来事であったろう。
それも全てのポジションをこなせるレブロンという,現在最高のプレイヤ−がいるからこそ具現化出来た事ではあるのだが。
最後に大切な事を付け加えさせていただく。
レブロン&ウエイド&ボッシュという「ビッグ3」が良く取り沙汰され注目を一身に浴びがちだが「ヒ−ト」は勿論,彼等だけではチ−ムとしては機能しない。
そこには,適材適所に優れたプレイヤ−達がいるからである。
とかく忘れられがちになるのだが「ヒ−ト」はチ−ムディフェンスがとても優れたチ−ムなのだ。
各々の献身的なプレ−があるからこそ「ビッグ3」の突出したパフォ−マンスが見事にコ−ト上で開花されるに至るのだ。
第7戦でスリ−ポイント6本を沈めた,守備のスペシャリスト、シェ−ン・バティエを始め、第6戦で同点のスリ−ポイントを沈めた、レイ・アレン。
実は彼は,このファイナルで自身が持つスリ−ポイント成功数の記録を「スパ−ズ」のグリ−ンに更新されていたのだ。
だがこの一本が全てを払拭する一本となった。
ポイントガ−ドのマリオ・チャルマ−ズも,第6戦・7戦と調子を上げてきた。
手薄なセンタ−陣を補う為に急遽招き入れられたクリス・アンダ−センも,ゴ−ル下で存在感を存分に発揮した。
合わせでの得点も見事だった。
ウドニス・ハスレムも連続ポイントなどで活躍したゲ−ムがあった。
控えのポイントガ−ドであるノリス・コ−ルも出てきては何度も流れを変えてくれた。
マイク・ミラ−も後半戦から復調し,スリ−ポイントを何発も沈めた。
他のベンチメンバ−達も。
そして「ヒ−ト」というチ−ムの素晴らしく特筆すべき点は,全員がディフェンスに長けているという事なのだ。
フィジカルなディフェンスを厭わず,常にクレバ−な対応力を見せるという事なのだ。
レブロン・ジェ−ムス然り,ドゥウェイン・ウエイド然り、クリス・ボッシュ然り・・・

これからレブロンには本当の「キング」としてヴィクトリ−ロ−ドを突き進んでいって欲しいし「ヒ−ト」には、常勝軍団としての地位をもっと揺ぎのないものにし、圧倒的なパフォ−マンスで、
他を寄せ付けない程の力を見せつけていって欲しいと思う。
今シ−ズンのこれだけ苦しんだファイナルを制した「ヒ−ト」
レベルがまた一段階上がった事だけは確かだ。
もっともっと上のレベルへ。
まだまだ「レブロン」は「ヒ−ト」は遥か彼方に目を遣り,その先を目指しているのだろう。
今在る地をしっかりと踏みしめながら。

これからも雄々しく羽ばたけレブロン・ジェ−ムス!

レッツゴ−!ヒ−ト!!




2013/6/21(金)0:57 自宅にて
         &
2013/6/23(日)15:40 茅ケ崎「スタバ」にて
         &
2013/6/23(日)17:34 自宅にて

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