「光芒の果て」〜孤高の男達〜


 サ-ドダウン・スリ−(3rd down and 3)

ここで,ペイトリオッツのドライブを抑えれば、ラスト(第4)クォ−タ−、脅威の追い上げを見せ同点に追いついたパンサ−ズは、延長戦に持ち込めるというシチュエ−ションに至っていた。
残り時間は後僅か。
ボ−ルがスナップされるやいなや,パンサ−ズの、NFL一と謳われるフロントフォ−が、クォ−タ−バックのブレイディに襲い掛かる。
プラス,このプレイで決めるべく、果敢なブリッツ。
しかし。
ペイトリオッツのオフェンスラインが,そのディフェンスを読み切ったかの如く、見事に止める。
結果,ブレイディにレシ−バ−を捜す余裕を与えてしまっていた。
次の瞬間,ブレイディの狙い済ましたパスが、敵陣深く切り込んだレシ−バ−の胸にスッポリと収まっていた。
すかさずタイムアウト。
その時タイムクロックは,残り9秒を表示していた・・・

今回のス−パ−ボ−ルは,誰も全く予想だにしない展開となった。
ペイトリオッツ有利と言われる中,ファ−スト・クォ−タ−は得点無しという、ス−パ−ボ−ル史上でも珍しいスタ−トとなった。
特に,パッシングゲ−ム花盛りの近代フットボ−ルに於いて、両軍得点入らずのディフェンシブなゲ−ム展開は、ある意味、新鮮さと緊張感を同時に内包していた。
それは、いつ崩れるか分からない危うさも伴っていたからだ。
そして一度(ひとたび)崩壊が始まると,それを止める事は出来ず、一方的な試合運びになるのではないのかと。
歴代のス−パ−ボ−ルでは,一方的な展開になるゲ−ムが殆どと言っても過言ではないからだ。

突然ゲ−ムが動いたのは,セカンド・クォ−タ−も残り少なくなった時だった。
目まぐるしく攻守が変わり,前半を終わってみれば、14対10、ペイトリオッツリ−ドでの折り返しとなった。
実は,ペイトリオッツは、この時点で、パンサ−ズを圧倒していた筈であった。
誤算は,キッカ−・ビナティエリが、ファ−スト・クォ−タ−で、2本のイ−ジ−なフィ−ルドゴ−ルを失敗した事だ。
外す筈のない距離を,2本続けて失敗してしまったのだ。
これが決まっていれば,パンサ−ズのラッシング・オフェンスを完璧に封じていたペイトリオッツにモメンタムは完全に傾き、もしかしたら、ワンサイドゲ−ムになっていたのかもしれない。
しかし,勝利の女神の何と悪戯好きな事か。
ドラマは,最後の最後に用意されていた。
この時はまだ,歴史に、人々の記憶に刻まれる、まさしく「ザ・ゲ−ム」を目の当たりにしているとは誰も思いもしていなかっただろう。
フィ−ルドでは,華やかなハ−フタイム・ショ−が繰り広げられていた。
ロッカ−ル−ムでは,そんな華やかさとは無縁な、もう一つの闘いが繰り広げられている筈であった。
アジャスト出来なければ,その先に光を見出す事等不可能だからだ。
戦術面しかり,精神面しかり。
ここに立つ為にシ−ズンを走り続けてきた男達が,心と身体の限界を超えようとしていた。
超えた先の地を目指して・・・

後半スタ−ト。
まるで初めに戻ったように,試合はジリジリと進み、時間は確実になくなっていった。
第3クォ−タ−終了,両チ−ム得点無し。
残すは,ラスト(第4)クォ−タ−のみとなった。

そして,運命の15分間が、今、幕を開けようとしていた・・・

第4クォ−タ−開始直後,ペイトリオッツ、タッチダウン。
そのドライブは,あっけに取られる程の完璧なオフェンスシリ−ズだった。

先のチャンピオンシップゲ−ム。
ペイトリオッツは,コルツに自分達のプレ−をさせず、最後まで主導権を手放す事はなかった。
これは,ベリチックHC(ヘッドコ−チ)の手腕によるところが多かったのだと認めざるをえない。
そして,その時の解説者の方のあるコメントが、非常に印象的であったのを憶えている。
「まるでベリチックの掌の上で踊らされているようだ」と。
今回も,まさに前回の闘いの再現のような形で進行していたのだ。

21対10。
「パンサ−ズもここまでか」「ペイトリオッツが走り始めるのか」と誰もが思っていた、その矢先。
勝利の女神がパンサ−ズに微笑みかけたのだ。
追撃の狼煙は,このゲ−ム、初めて機能した、ランオフェンスからのタッチダウンだった。
そして続くペイトリオッツのドライブ。
完璧なオフェンスで瞬く間に敵陣深く攻め込み,ブレイディはパンサ−ズの息の根を止めるべく、タッチダウンパスを相手エンド・ゾ−ンに投げ込んだ。
しかし,キャッチしたのはパンサ−ズの選手だった。
タ−ン・オ−バ−!
この試合,唯一ブレイディが犯したミススロ−であった。
勢いずくパンサ−ズの選手達。
しかし自陣10ヤ−ド辺りからの攻撃は厳しく,変幻自在を誇るペイトリオッツ・ディフェンス陣が襲い掛かる。
サ−ドダウン・ロング。
追い詰められたQB・デロ−ムは,しかし冷静だった。
左へロ−ルアウトしながら味方レシ−バ−を捜し,迷わずロングパス!
もうここしかないというピンポイントのパスは,相手ディフェンダ−を振り切ったレシ−バ−の、伸ばした腕の中に。
そのままエンドゾ−ンに走り込み,大逆転のタッチダウン。
(この85ヤ−ドのタッチダウン・ランは,ス−パ−ボ−ル新記録という事だった)
モメンタムは完全にパンサ−ズかと思われた直後の攻撃で,今度はペイトリオッツが素晴らしい意地のドライブを見せ、すかさず逆転。
そしてパンサ−ズがタッチダウンしても逆転出来ないよう,2ポイント・コンバ−ジョンを試み、成功。
だが,勢いが止まらぬパンサ−ズオフェンスも強力ペイトリオッツディフェンス陣をものともせず,同点のタッチダウン。
残り時間を考えた場合,このままス−パ−史上初となる延長戦かと誰もが考えていた。
しかし,どこまで女神は悪戯好きなのか。
ここで,パンサ−ズのキッカーが蹴ったボ−ルは直接フィ−ルドの外へ。
この反則により,ペイトリオッツは自陣40ヤ−ドという絶好のポジションからの攻撃となった。
ブレイディは再び冷静なクォ−タ−・バッキングを見せ,敵陣に攻め込んでいった。
タイムクロックは容赦なく時を切り捨てていく・・・

2シ−ズン前,ペイトリオッツを初のス−パ−ボ−ルチャンプへと押し上げたヒ−ロ−が、勝ち越しのフィ−ルド・ゴ−ルを決めた、キッカ−のビナティエリだった。
しかし今シ−ズンは後半に掛け調子を落とし,このゲ−ムでも、これからアテンプトを行う41ヤ−ドよりも短いフィ−ルド・ゴ−ルを2本外していた(100%成功して当たり前と言ってもおかしくない距離をだ)
そんな中での,彼の登場だった。

「歴史は繰り返される」のか,それとも・・・

その瞬間を,人々はきっと忘れないであろう。
審判の笛が高らかに鳴り響く。
7万以上の大観衆を飲み込んだ,リライアント・スタジアムが、一瞬の静寂に包まれる。
画面にはビナティエリの横顔が。
スロ−モ−ションのような時が流れ,モノクロ−ムの風景は、歓喜と共に解き放たれていた。
残り4秒。
パンサ−ズに,追いつく時間はもう残されていなかった・・・

ファイナルスコア,32対29。
試合を決めたポイントは何だったのか?
それは単純明快な事だ。
ペイトリオッツは自分達のプレイが出来,パンサ−ズは自分達のプレイが出来なかった、この一点に尽きるだろう。
ただそこに,様々な要因が複雑に絡み合っていた事実は言わずもがなではあるのだが。
最終的には,お互いのスペシャルチ−ムのキッカ−が試合を決めたといってもいいだろう。
今回の事でもつくづく感じたのだが,人間がやる事に完全な物等何も無いという事だ。
フィ−ルドに出れば,誰も一人で。
特にキッカ−は,その一蹴りに全てを託され、ほんの数秒の出来事に,天国と地獄は紙一重に寄り添っている。

もし,あそこでビナティエリが失敗していたら?
しかし,彼を責める者は誰もいないだろう。
それは,皆が、プレッシャ−というとてつもない怪物と闘う事の怖さを死っているからだ。
そいつが,身体と精神(こころ)を、どうしょうもなく縛り付ける事を知っているからだ。
それが分かっている上で「楽しむ術」を,各々が理屈ではなく模索しているからだ。

リセットする術を知っているからだ・・・

ペイトリオッツは,この3シ−ズンで、2度目の王者に輝き、ブレイディは2度目のス−パ−ボ−ルMVPに輝いた。
「負けないQB・ブレイディ」とペイトリオッツ、それを率いるベリチックに,今のところ隙は見えない。
しかし,来シ−ズンは、怪我の為今季を棒に振った、素晴らしいQBが二人帰ってくる。
又シンデレラQBも現れるだろう。
そして今季のパンサ−ズのように,誰も予想だにしなかったチ−ムが勝ち星を重ね、プレイオフに進み、ス−パ−ボ−ルにまで駒を進め、頂点を極めてしまうかもしれない。
近年でのシンデレラチ−ムは,二つ。
数年前のラムズと,2シ−ズン前のペイトリオッツだ。
そしてパンサ−ズのQBデロ−ムは,ラムズが初のス−パ−ボ−ルチャンプとなった時のQBワ−ナ−が、NFL ヨ−ロッパでプレイしていた時代、同じチ−ムで彼の控えQBだったという経歴を持つ。
またもう一つ,ペイトリオッツが初チャンプとなったその年、パンサ−ズは、開幕戦に勝利した後、泥沼の15連敗を喫し、1勝15敗で最悪のシ−ズンを終え、「ドアマットチ−ム」等という有り難くない称号まで受ける破目に陥ってしまったという事を付け加えておこう。

紆余曲折の末,パンサ−ズのヘッド・コ−チ、フォックスに見出されたデロ−ムは、ここで一気に花開いた。

群雄割拠の時代へと突入しているNFLからは,当分目が離せない。

孤高の男達はこれからも闘い続けるだろう。
目に見えない,己の内なる者達と。
己の内なる己自身と。

そう,見えざる己自身と・・・


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