紫陽花と蟷螂と木洩れ日と


ふとテ−ブルに目を落とすと,何やら小さな生き物が目についた。
「何だ?」と思い目を凝らす。
その生き物は,とても小さな蟷螂の赤ちゃんだった。
しかし形はもう蟷螂のそれである。
彼の前にそ〜っと指を置くと,一瞬躊躇した後にゆっくりと登って来た。
そこで彼はユ−モラスな動きを始めた。
4本の後ろ足を突っ張り,2本の前足(鎌の部分)を前で会わせて折りたたみ、左右にゆっくりと体を揺らし始め
たのだ。
つられて僕も彼を正面に見ながら,思わず体を左右に揺らしていた。(笑)
じ〜っと見ていると,前足を口に持ってきて、ハムハムしている姿が何とも愛らしく、やらなければいけない作業
を中断して、彼と共に暫くの間過ごしていた。
でもいつまでもそうしている訳にもいかず,彼も僕の指が気に入ったようであったのだが、僕の愛用する4色ボ−
ルペンの先に乗ってもらって、石の台の上に彼を降ろした。
あまりにも小さすぎる彼に,「大きくなるまで生き延びるんだよ」と心の中で声をかけ、歩きだす彼を見送った・・・

そしてある作業が一段落して,その蟷螂の赤ちゃんの事を書こうと、レッツノ−トを開き、打ち始めた時、何と、
目をやったテ−ブルの淵に、多分そうだと思うのだが,彼がいた。
僕は前のテ−ブルから場所を少し移ったテ−ブルに移動しており、一時間程はあれからたっていたのだが・・・

また指に登ってくると,例のダンスを始めた彼を見て、「どうした?」と声をかけていた。
その時一度,椅子に彼を移してみたのだが、僕のカバンに登って来て、中に入りそうだったので、また指に登ら
せていた。
どうにも僕の指が気に入ってしまったらしい彼を見つめながら,どうしようかと考えていたのだが、周りを見回し
て見ると、案外蜘蛛の巣があるようだったので、店の外に連れていって、外の、小瀧美術館の玄関の植え込
みの側の石の上に彼を降ろした。
暫くじ〜っとしていた彼は,ゆっくりと歩きだした。
こんな小さな彼が,成長して大人の蟷螂になれる確率は、多分凄く低いのではないかと思う。
でも彼が無事に成長できる事を,僕は祈らざるを得なかった。
或る日,ここのテラスで、ふと目をやると大人になった彼が、あのダンスをやっている、そんな事が起きたら
素敵なのにと思いながら、空を見上げ、緑に目を細めながら、深呼吸を一つしている僕がいた・・・

2001/夏


back Copyright 1999-2006 Sigeru Nakahara. All rights reserved.