古都・鎌倉


晴れた日もいいが,そぼ降る雨の日が好きだ。
電車から,雨に煙るホ−ムに降り立つ。
すると,雨の日独特の匂いに包まれる。
全ての緑が,土が、雨に洗われ、醸し出される瑞々しくも清々しい香り。
その香りを体全体に纏いつかせながら歩いていると,不思議な穏やかさに包み込まれる。
こんな日は,風も凪いでいる。

古都,鎌倉。

「ここは,晴れた日よりも、曇りや雨の日が似合うな」
僕はそう思っている。
いつもより静かな北鎌の地。
雨の音,店に流れる音楽に耳を傾けながら、外の緑に目を遣りながら、活字を追う。
たゆたうような静かな時が、僕の前を通り過ぎてゆく。
「雨の降る日は・・・」
テラスのテ−ブルに雨粒が弾ける様を見つめながら,雨の音だけを聞こうと耳を傾けてみる。
ふと見上げる空は,先程より明るさを増したようだ。
でも雨は降り続いている。
ぬるくなった珈琲を口に含みながら,耳を澄ませてみる。
様々な音に紛れて聞こえてくる雨の音。
木々の枝や葉についた雨粒達が,ホ−ムに滑り込んできた電車が巻き起こす風に飛ばされる。

「静寂」

暫しの,この時、この感覚。
大切な僕だけの時間が過ぎていく。
すっかり冷めてしまった珈琲を飲み干すと,再び本を開き、活字を追い始める。
薄膜がかかったような時の中に,僕は少しずつ埋没してゆく。
音がどんどん遠くなっていく。
逆に雨の音だけが聞こえるような,そんな錯覚に襲われる。
雨音に優しく抱かれているようだ。
ゆっくりと目を閉じる。

目を開け外を見る。
風が少し出てきたようだ。
「雨の降る日は・・・」
呟く声は雨音に消され,僕にさえも届かなかったようだ。
言葉にならない何かがこぼれて行く。
僕の中をこぼれて行く。

今この瞬間,風は確かに止まっていた・・・


2001/冬 小瀧美術館内「Caffe Angeli」にて


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