山手に立ちて


初夏のような昼下がり。
僕は久しぶりに,かの地の喫茶室を訪れる事にした。
仕事の後,関内に所用で来ていたという事もあり、足を伸ばそうと思ったのだ。
いつもだと,シ−バスで山下公園に渡り、向かうというコ−スを辿るのだが、今日は石川町の駅から歩く道を選んだ。
駅を降り,一本裏の通りを元町商店街へと歩を進める。
大通りに突き当り信号を渡っても,そのまま真っ直ぐその通りを進む。
僕は,元町商店街のメインストリ−トよりもこの道が好きだったりする。
混み合っていないし,いい感じの小さな店が点々とあったりするからだ。
ぶらぶら歩きながら昼飯は何にしようかと考えていたのだが,「蕎麦にしよう」と、「七庵」という蕎麦屋に入り、
大ざるを頼んだ。
薄暗い店内は,あたかも時が止まってしまったかのようで、柱時計の音だけがやけに大きく響いていた。
開け放たれた入口の外の陽だまりの中を,様々な人が行き交う。
汗が引いていく感じとともに,不思議な安らかな時間の中に僕はいた。
暖簾を潜る。
元の通りに出,少し歩くと、右に、かの有名な、創業1888年という「ウチキパン」がある通りに突き当たる。
「ウチキパン」を右に見て正面を向くと,「港の見える丘公園はこちら」の標識が目に入る。
その矢印通り,今度は「外人墓地」を右手に見ながら、少々急な坂道を一気に登っていく。
登り切り暫く行くと,右に「外人墓地」入口が見えてくる。
そこに立ち,左に視線を移すと、その先は、「港の見える丘公園」の入口に繋がっている。
右手の「外人墓地」越しの風景も素晴らしい。
道を挟んだ左手には,「山手十番館」そして、「山手資料館」
その先を左に折れ真っ直ぐ行くと,右側に、あの有名な、「ト−イズ・クラブ」がある。
ここには,「クリスマス・ト−イズ」というクリスマスグッズを一年中扱っている店もあり、前は時々訪れていたものだ。
「ト−イズ・クラブ」では,クリスマス・イブに、100人分の巨大なショ−トケ−キを焼き、来た人達に無料で
振舞うというイベントが毎年行われていた。
これは今でも行われていると思うのだが・・・
「ト−イズ・クラブ」への道を左に折れずに目を前に転じると,「横浜・山手聖公会」の威風堂々たる建物。
由緒あるこの教会で,僕は一度、ウエディングに遭遇した事があった。
教会を過ぎると,「山手234番館」そして、Caffe「ENOKITEI」が姿を表す。
昔は時々訪ねたものだが,今では有名になりすぎて人が絶えず、足を踏み入れていない。
僕はここの(今はもうないのだが),自家製フワフワのヨ−グルトム−スが好きだった。
その反対側には公園が広がっていて,絵を描いている人達を良く見かけるのだが、公園の外れに、ひっそり
と洋館が佇んでいる。
そう,ここが僕の目的の場所である「エリスマン邸」で、その奥にある「喫茶室」が、僕のお気に入りの空間である。
土・日はここも観光客で賑わうのだが,平日ならば静かに寛げ、穏やかな時間を過ごす事が出来る。
大きな窓の向こうには,自然が広がり、目を下に転ずると、弓道場が木々の間に見え隠れする。
僕の好きな席は,窓際の左に二つある半円形の木で出来たテ−ブル席で、どちらかというと手前側の方が
好きなようである。
久しぶりに味わうここでの時間の流れ。

「そういえば,セント・ジョセフの建物、なくなってたなぁ」
等と,思いを馳せながら、「アイスミルクティ−」を口に運ぶ。

「一人,山手に立ちて思うのは・・・」
そう呟きながら,本のペ−ジを捲り始める自分がいた。

2002/5/15 「エリスマン邸・喫茶室・」にて


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