蝉時雨を浴びたくて


この夏はよく海に出ているようだ。

ル−トは判を押したように決まっており,最後は、江ノ島の「あぶらや」さんで、「黒カンアイス」や「冷たい珈琲」
で喉を潤しながら本を読んでいる。
「黒カンアイス」はここの一押しメニュ−で,沖縄・波照間島の黒糖で作られたカンテンと抹茶アイスの組み合
わせが絶妙の一品である。
いつもの席から外を眺めながらボンヤリと考えていた。

「何でこの夏はこれだけ海に出ているのだろう」と。

確かに,お気に入りのポイントで佇んだり、サイクリングロ−ドをチャリンコ・クル−ズしているのも気持ちよく
好きなのだが、今いるこの江ノ島の森を歩き、凄まじく元気な「蝉時雨」を体一杯浴びる事に、至福の時を
感じているようだ。
場所によって「蝉時雨」の降り方は様々で,その中でも、まさに土砂降りの下に来た時は、暫し目を閉じ、
その場に佇んだりしている。
時折,トンビの鳴き声が、飛び込んでくる。
まるで異次元にでも迷い込んでしまったかのような,不思議な時間が流れる。
そんな一瞬を体感したくて,僕はあの森を訪れているようだ。

「あぶらや」の人から興味深い話しを伺った。
つい一週間程前,夜の7時半を過ぎた頃、江ノ島に渡る橋の下(江ノ島から行った2/3位の所)に人が大勢
集まっており、何事かと思ったら、海亀が産卵を始めていたそうだ。
80センチ位とかなり大きかった海亀は,卵を80個弱産んだようだが、その場では危ないという事で、近くの
水族館のスタッフに連絡を摂り、卵は無事保護されたという事だった。
その話しに僕は,「あんな所に海亀が産卵にくるんですか」と驚いた声を挙げると、その方は、「昔はよく来て
たんですよ、最近は少し綺麗になってきたんで、帰ってきたのかもしれませんね」と答えてくれた。
産卵を始めて間近に見られて,凄く感動したと仰っていた。
「海亀は時々見るんですよ」とも話してくれた。

「海亀かぁ・・・」
僕は去年「渡嘉敷島」で遭遇した,アオウミガメの事を憶いだしていた。
そんな事を考えながら蝉時雨の中を歩く。
アゲハやキアゲハ,黒アゲハが、フワフワとその間隙を縫って、舞っている。
見上げる木々の葉の間から射し込む陽射しは,今日も元気だ。

「さて,またあのお婆さんの売店で珈琲牛乳を飲んで帰ろう」

海を見遣ると,烏帽子岩の遙か向こうに、富士の勇姿がハッキリ見えた・・・


2002/8/16 茅ヶ崎「ドト−ル」にて


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