海の日々


「あっ・・・」

目の前を,アゲハと黒アゲハが優雅に舞っていた。
アゲハに寄りそうように黒アゲハが同じ動きをする。
暫し見とれていた僕は,デジカメをデイパックからゴソゴソと取り出した。
しかしその時には,もう彼等彼女等の姿はなかった。
まるでダンスを踊っているようだった。
「夏の最後にいいプレゼントをもらったな」
そんな事を思いながら,江の島の森をおりていく。
自転車に跨り,振り返る。
あの江の島のシンボルとして長い間親しまれてきた灯台が,取り壊され、新しい灯台が造られるのだと言う。
あの灯台は,もう50年以上,江の島で働いてきたのだと、売店のおばさんが話してくれた。
空色と白と,先端は赤のカラ−リングの、巻貝のような灯台。
何度も何度も色が塗り替えられたという話しだった。
その前は違う場所にあったという事なので,戦前から使われていたようだ。
その灯台がなくなる。
老朽化の為もあるが,所有している江ノ島電鉄(株)が開業100周年という事も拍車をかけたようだ。
早ければ年内という話しだそうである。
もう側には新しい灯台が造られ始めている。
新旧交代。
言葉で書けばこれだけで終わってしまうが,それだけではとうてい語り尽くせない物語がある。
江の島を見るという事はあの灯台を見る事。
僕には,それが当たり前で、それがなくなるなんて露程も思っていなかった。

弁天橋を人の波を縫いながら自転車を走らせながら,左右の海に目を細める。
僕が海水浴場に時々訪れていた頃は「西浜」が賑わっていたのだが,今は狭い「東浜」の方に新しい海の家
がそれこそギッシリ建ち並び、活況を見せている。
遠くに「鎌倉プリンス」が見える。
自転車を止め,再び江の島を見つめた。
今年の海は,江の島を目指す日々だった。

「さぁ,いつものように海風のテラスに行き、ボルヴィックシャワ−を浴び、帰路につこう」

きっと僕の中での江の島は,あの灯台を抱いたままの風景で残っていくだろう。
例え新しい灯台に変わってしまった後でも・・・


2002/9/1 小瀧美術館内「Caffe〜Angeli〜」にて


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