月光浴と龍の雲


深夜2時。
ホテルに帰りつき,シャワ−を浴びた。
いつものように紅茶をいれ,CDをセットすると今日の原稿チェックを始める。
チェックを終え2杯目のミルクティ−を飲み干すと,本を読む友として、今度は珈琲をつくるべく席をたった。
暫く物語の海に意識をたゆたわせていた僕は,やがてペ−ジを静かに閉じ、軽く吐息をついた。
窓の外に目を移す。

「今宵は何か明るいな」

そんな事を思いながら部屋の灯りを全て落とした。
その瞬間,月光が部屋に溢れたような錯覚を僕は憶えた。
明るいなと感じたのはこの月光だったのだ。
椅子の背に頭を預け,斜め上に見事な月を愛でながら、僕は全身に月の光を浴びていた。
まるで月の雫の海に体を沈めているような,不思議な心地良い感覚。
もう寝なければと思いながら,僕は中々その海の中から立ちあがる事が出来ずにいた。

「こんな夜もある」

そんな事を考えながら,静かに瞼を閉じ、時の流れに身を任せていた・・・

翌日。
目覚めた僕の目に真っ先に飛び込んできたのは,龍の姿だった。
まるで2頭の龍が天翔けるかのようなその姿は,雲の形を借りているとはいえ、何とも荘厳なもののように
僕には感じられた。
チェックアウトの準備をし,朝食を摂っているうちに、雲はその姿をすっかり変えていたのだが、僕は、それが
確かに存在した空間を凝視し、窓辺に佇んでいた。

「さて,仕事に行くか」

暫しの間非日常の感覚を宿らせてくれたその空間を後にし,僕は又日常の海へと歩を進める。
見上げる空は,もうすっかり冬の顔をしていた・・・


2002/12/22 「小瀧美術館」内〜caffe Angeri〜にて


back Copyright 1999-2006 Sigeru Nakahara. All rights reserved.