絵の中へ


 櫻の中にいた。

外人墓地辺りの櫻がこれほど見事だとは,恥ずかしながら今日まで知らなかった。
「満開の時はさぞ凄かっただろうな」
昨日の雨と風は,咲き誇る櫻達を散らせる為だったのではないかと思えた程だ・・・

実は久しぶりにここまで足をのばしたのは,山下公園の近く、マリンタワ−の一つ裏の通りにある有名なショッ
プを訪れる目的があったからだ。
それならばと,久しぶりに「シ−バス」に揺られながら山下公園を目指す事を思い立った。
カモメ達も気持ち良さそうに,岸壁や、海に浮かぶブイの上で日向ぼっこをしていた。
左手にベイブリッジが見えてくる。
約15分の海上散歩。
変わってしまった風景が,しかし僕の中では何ひとつ変わらない風景が、ここでは優しく迎えてくれる。
ここに来ると自然に口ずさむ歌がある。
「あれが〜」
ショップを出て「フランス橋」を渡りながら,春の風にメロディが運ばれていくのを感じながら、いつものように、
一度元町商店街に入る道を選ぶ。
「ウチキパン」が見える頃,風の中に歌詞が静かにフェ−ドアウトしていった・・・

初めて入る蕎麦屋で「せいろの大盛り」を食した後,右手に外人墓地を見ながら坂を登り,「港の見える丘公園」
には寄らず、直接「エリスマン亭」へと歩を進める。
足が止まっていた。
「・・・」
セントジョセフ(インタ−ナショナルスク−ル)の跡地にマンションが建設中だったのだ。
もしかしたら小学生の頃,僕が入っていたかもしれない学び舎。
あの頃,女の子だったら「フェリス」、男の子だったら「セントジョセフ」へと決まっていたようだ。
昔,山手に、母方の親戚のおじさんとおばさんが住んでいた頃、僕も一度、母に連れられていった記憶がある。
玄関を出た時,前の家から僕と同い年位の男の子が出てきたのだが、「ほらご挨拶なさい」と母に言われても、
僕はその子をじっと見つめるだけで何も言えなかった。
多分,そんな近くで外人の子供を見た事がなかったから酷く驚いてしまっていたのだろう。
結局僕は日本人として日本で暮らすのだからとセントジョセフには行かなかったのだが,母のお父さんは(おじ
いさん)、僕をセントジョセフに入れたかったようだ。
もしあの時,全寮制でもあるセントジョセフに入っていたなら、僕の人生は大きく変わっていただろう。
どんな人生を送ったにしろ,多分、というか、絶対というか、「声優」にはなっていなかっただろう。
何故かそれだけはハッキリと判る。
「なんで?」と問われ,説明する事は出来ないが、断言できる。
どちらが良かったのか,どちらが幸せだったのか等、わかりはしないし、わかろうとも思わない。
大切な事は,今を自分が生きているという事で、まわりに生かされているという事だ・・・
(直筆メッセ−ジ「夕陽を追いかけて」参照)

そんな思いに耽りながら,「本日休館日」という札を目に留め残念に思いながら、「エリスマン亭」の脇をゆっ
くりと降りていく。
ここも櫻が見事だ。
「満開であれば・・・」
呟きながらふと足を止める。
目の前に,「絵」のような風景が広がっていた。
少なくとも僕はそう感じていた。
暫し立ち尽くした僕は,その「絵」の中へと足を踏み入れる。
「絵」の向こう側は,普通の風景だった。
あの地点から見ていたからこそなのだろう。
そして全てが櫻色に染まったのではと錯覚するような場所に出た。

僕は,ハラハラと、しずしずと散る花びらの中を,柔らかな感触を靴底に伝える、薄桃色に敷き詰められた
道をゆっくりと歩んでいった・・・


2003/4/9 自宅にて


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