ム−ンリバ−


 「うん?」

外がやけに明るい。
拡散していた思考が一つに集約していくのを感じながら窓辺に歩みよる僕の目に,その光景が飛び込んできた。
思わず息を呑む。
厚い雲に覆われていた空がいつのまにかキレイに割れ,そこにポッカリと満月が浮いていたのだ。
月の灯りに照らされた海面は,まるで一本の道のようで、月の雫が溢れているかのようなそこは,まるで
白日夢の只中にいるかのような錯覚を僕におこさせた。
多分,部屋の灯りを点けていたらこの事象には気づかなかったであろう。
僕には,読書が一段落した後、いつも部屋の灯りを全て落とし、暫し外を見つめるという習慣があった。
その日も,波の音がやけに近くハッキリと聞こえ、上空を舞う風は強そうで,まるで波音を引き千切ろうとして
いるかのような、そんな晩だった。
そんな時,まどろみかけていた僕の思考を目覚めさせたのが、その明るさだったのだ。
時間にしてほんの数分のトリップ。
幽玄とさえ言える光景を僕の瞳に残した後,月は再び雲に覆われ、二度と姿を見せる事はなかった。

「道というより川だったな」

空を往く星々を「天の川」と言うなら,海を往く月の雫達はさしずめ「ム−ン・リバ−」と言ったところか。
そんな事を考えながら,本日最後の湯浴みへと意識が向かう。
浴衣の前を合わせながら,「あの川を渡った先には・・・」
ふと窓に目をやると,そこには所在なげに佇む僕自身が映っていた。

「大浴場の大きな窓からまた見えるといいな」

静まりかえった廊下に,僕の足音だけが気持ち良く響いていた・・・


2003/7/20(日)〜海の日〜 15:13 小瀧美術館内「Caffe Angeli」にて


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