陽盛りの午後


 一本の白い道が見えていた。
陽炎が揺れ,暑い陽射しが眩しくて、少年は麦藁帽子を目深に被り直した・・・

揺曳するいくつかの夏の記憶。
その道に佇んでいた夏,僕は群馬県の小学校にいた。
古い木造校舎。
住んでいたアパ−トの庭には井戸があり、金盥(カナダライ)には西瓜が浮いていた。
夏が夏らしくそこにあった。
その年,僕は自転車に補助輪なしで乗れるようになり、大家のおじいさんのバイクに初めて乗せてもらった。
最初は怖くて必死にしがみついていたものだ。
クワガタも捕ったしカブトムシも捕った。
綺麗な海にも連れて行ってもらった。
他にも様々な事柄があった筈なのだが,何故かいつも鮮明に思い出されるのは、白い道の事だった。
いくら歩いても辿り着けないのではないかと思えた,白い道の事だった。
多分小学校へ続く道だったと思うのだが,その記憶は定かではない。
白い道を目を細めて見つめていた少年は,その時何を思っていたのか。

僕の中には今でもあの日の白い道が続いている・・・

 少年はソファ−に座り,庭を見つめていた。
深く座っているので,足は所在無げにブラブラしている。
土曜の昼下がり。
扇風機が回り,網戸の向こうから蝉達の大合唱が聞こえ、蚊取り線香の匂いが辺りに満ちている。
外は夏の陽射しに溢れ,ひどく明るく見えていた。
しかしやけに静かだと少年は思う。
気だるい様な何とも言えないそんな土曜の午後が,少年はいつの頃からか好きになっていた。
もうすぐ夏休み。
学校から一つの石を蹴りながら帰ってくるゲ−ムとも暫くお別れだ。
汗は完全に退いている。
もうすぐ母が昼食の支度に戻ってくる時間だ。
そんな事を考えながら,少年はまどろみ始める。
この夏休みはどこに連れて行ってもらおうか。
やっぱり海かな,それとも山かな。

シャワシャワシャワシャワ・・・シャワシャワシャワシャワ・・・シャワシャワシャワシャワ・・・

蝉達の大合唱は,少年にとって心地よい子守唄であると共に、揺り篭の役目を果たしているようでもあった。
目が覚めた時,少年の目には、夕陽に染まった庭の風景が映っていた。
そして彼の体には,タオルケットが優しく掛けられていた。

優しく掛けられていたのはタオルケットだけではなかった。
そう,夏の時間も彼に優しく掛けられていたのだ。

夢のような夏休みが,もうすぐ始まる・・・


2003/8/8 茅ヶ崎「ドト−ル」にて


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