デジマガですから


「週刊デジタルマガジン」は僕にとっても忘れ難い番組となりました。
実は僕は,第二回目からの参加で、一回目は違うナレ−タ−だったんですが、ちょっと作り手側の思惑と
合わないところがあったらしく、僕にお鉢が廻ってきたという訳なんです。
最初は、女性ナレ−タ−もいたんですが、ラスト一年位は僕一人という布陣になりました。
この番組をご覧になった事がある方ならお分かりでしょうが,「デジマガ」の一番凄いところは、司会の二人
に象徴されていました。
オダギ−&アベミ。
この天然同志の超強力タッグは他の追随を許さない程だったと,僕は今でも思っています。
そして,まだブレイク前のオダギ−、そしてアベミをキャスティングした、Kディレクタ−の眼力には、確かな
ものがあったのだという事を証明して余りある番組が出来上がりました。

僕も色んなコ−ナ−をやらせていただいたんですが,基本的に「何でもアリ」のデジマガに於いて、一番
印象に残っているコ−ナ−は、「ものト〜ク」でした。
毎回色んな商品を紹介する中で,一つだけ大きく違っていたのは、その商品自身が喋るというコンセプト
の元創られていたという事だったんです。
担当ディレクタ−からは,「これは〜の感じでお願いします」とか、「これは〜のイメ−ジなんですが」と注文
が毎回付けられていたんですが、僕はものまね芸人ではないので、ニュアンスを残しつつ、僕のやりかたで
思う存分遊ばせていただきました。
全てを統括しているKディレクタ−からは,「中原さん、いっちゃって下さい!」「もうご自由にどうぞ!」と、非常
に端的なディレクションをしていただき、僕は、その時その時の感性の赴くまま、自由奔放に飛び回らせてい
ただいていました。
一人で五役・六役は当たり前で,悪い言葉で言えば「行き当たりばったり」、良い言葉で言えば「自分をギリ
ギリまで追い詰めて搾り出す」という、今思えば「良く遣ってたなぁ」と思う行為を続けていました。

まさしくジェットコ−スタ−ナレ−ションと呼ぶに相応しかった「デジマガ」
30分の中に,あれだけ様々なタイプの喋りを求められた番組は今迄もありませんでしたし、これからも、遭遇
する事があるのだろうかと思っています。
瞬時に中身を変える事を求められた「デジマガ」は,「俺も捨てたもんじゃないか」と自信を付けさせてくれた
作品でもありました。

最後に,Kディレクタ−及びスタッフが事ある毎に言っていた言葉を一つ。

「デジマガですから!!」


2003 12/30(火)13:43  北鎌駅前・喫茶「門」にて


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