或る晩小田原の片隅で


久しぶりの小田原だった。

いつもの「チキンジョ−ジ」でカトリ君と話していた時,客が一人入ってきた。
どうやらどこかで飲んでの帰りらしい。
入り口に一番近いカウンタ−に座りギネスを注文したその人は,ある店のレセプションの模様をカトリ君に
話し始めていた。
共通の知り合いの店らしい。
聞くとはなしに聞いていると,どうも色んな面で中途半端なようだ。
そして,カトリ君からも話を振られる内、僕もその座に加わっていったのだが、その人から「お名前は?」
と聞かれ答えると、何かをハタと思い出したという表情で「あの、声優の」と聞かれた。
「ええ」「カトリ君がさっき中原さんって呼んでるのを聞いた時、あれって思ったんですよ」「それにその声、凄く
印象に残っていて」「私は前に一度お会いしています、レノバンスの二階のレノンズバ−で」
それを聞いて思い出していた。
今からもう6〜7年前,ジョ−ジさん(エッセイ・1979珈琲間Day’s参照)と再会を果たした時、当時の
「レノバンス」の二階でジョ−ジさんが常連の為だけに開けていた「レノンズバ−」で僕は何回か飲んでいたの
だが、一回だけ他のお客さんと同席した事があったのだ、他の日は僕一人だったのに。
その時の人だというのだ。
「あの時私の知り合いが中原さんのファンで,色々有意義なお話を聞かせていただいたんですよ、中原さん、
あの時随分酔ってらっしゃいましたけど」「その時、いつでも電話してきて下さいと電話番号を頂いたんですが、
機種変更を繰り返してもそのデ−タは何故か残してまして、あの今も変わってませんでしょうか?」
「ハイ,同じですが」「では、ちょっと掛けさせていただいてみますね」
暫しの沈黙の後、僕の携帯がカウンタ−で振動した。
それは約7年の歳月を経て,僕とその方の時が再びシンクロした瞬間のようだった。
「私もここにくるのは久しぶりで」と語るその人と,それからの時間、様々な話をした。
小田原の事,音楽の事、人と人との繋がりの事・・・
そう,あの「レノンズバ−」から、僕のバ−行脚が始まった。
ジョ−ジさんを介して,僕は何人もの掛け替えのない人達と出会う事になったのだ。
あの頃は,ただアルコ−ルの中に逃げる為に飲んでいたようなものだったのだが、いつのまにか,いい方向に
転がっていたようだ。
その人とは,小田原に来た時には必ず電話をすると約束して「チキンジョ−ジ」を辞した。

「もしもし,中原ですが、もし今晩よろしければ・・・」

いつもの道を帰りながら,僕はもう、次の自分のそんな姿を想像していた・・・


2004/8/26(木)14:03 茅ヶ崎美術館内・喫茶「Pino」にて


back Copyright 1999-2006 Sigeru Nakahara. All rights reserved.