北鎌で水滸を読む


 久しぶりに風に吹かれてみたくなった,北鎌の風に。

ホ−ムに降り立ち空を見上げる。
目を転じると,人の海。
「フゥ〜,休日だもんなぁ」
駅前の蕎麦屋で「冷やしたぬき」を食した後,小瀧への道を辿る。
「円覚寺」の真っ直ぐな杉達と挨拶を交わす。
11月というのにこの陽射しの強さは何なのか。
路傍の花を愛でながら,ゆっくりと歩を進める。
入り口に佇み,暫し、その様を見詰める。
ここから望む風景が,僕は好きだったりする。
美術館の屋根越しに見える,ちょこんとした山の緑。
遙かに広がる蒼穹。
その様を見てからでないと,僕は次の一歩を踏み出せないのだ。
いつもの手前側の席に居を定めると,アイスミルクティを注文し、暫し中庭を見遣りながらボンヤリしていた。
やがてそれが運ばれてくると,僕はおもむろにノ−トPCを開き、いつものようにメ−ル・チェックから始める。
そしてHPの掲示板を覗き、新規の書き込みを一通り読み終えると、エア−エッジを切断し、CD−Rをセッ
トし、先日撮影されたイベント用パンフレット写真のチェックを開始した。
OKとNGと,お気に入り分を書き出していく。
再考の為,再び最初から見直す。
全てを終えた時,一時間半が経過しようとしていた。
大きく伸びを一つした後,コ−ヒ−を注文し、テラス席へ移動する。
椅子とテ−ブルを少し動かし,自分の読書体勢が出来上がった。
エンリ−ベグリンの茶のショルダ−から,北方謙三著「水滸伝」の最新刊を取り出す。
コ−ヒ−を一口。
ペ−ジを開いた僕は,梁山泊軍と共に、野(や)の風に吹かれていた。
男達の魂の雄叫びが,山を・川を・海を・空を・大地を、そして人の心を震わせる。
ふと目をあげると,陽が翳り始めていた。
もうすぐこの刊も終わりを告げる。
本を閉じかけて思い直す。
「ここでフィニッシュしよう」
すっかり冷めてしまったコ−ヒ−を飲み干し,もう一杯注文する為、席を立つ。
光を乱反射させながら,ちょうど横須賀線の下りが入線してきた。
スタッフがパンフレットを持って外へ駆け出していく。
ホ−ムとの柵越しに,それを観光客に配るためだ。
今の時間の光の加減も中々いい。
少し冷たくなった風を感じた瞬間,顔馴染みの店員に、思わず「ココア下さい」と言っていた。
「もうすぐココアの季節だな」
再び本を開いた時,全ての音が、引く波の如く遠ざかっていった。

傍らでは,ココアの立てる湯気が、儚げに揺れていた・・・



2004/11/26(金)22:22 自宅にて


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