「えん」は異な物味な物


 「臨時休業かぁ・・・」

友人の店の前で僕は溜息を一つついていた。
イタリアンから和&伊混合のダイニングへとリニュ‐アルしたここ「楽(らく)」へは新しくなってから初め
て足を運んだのだが,気を取り直して、二軒目に立ち寄ろうと思っていた「えん」へ向かう事にした。
(後日僕は「楽」で本当に懐かしい顔達と再会し,楽しい酒を酌み交わす事になるのだが・・・)
ホ‐ムからは,夕映えのオレンジに「富士山」のシルエットが美しく見える。
僕は黄昏時の風の中,無性に「泡盛」が飲みたくなっている自分を感じていた・・・

「えん」は混みあっていた。
僕がカウンタ‐の右端に腰を落ち着けると,一番奥の掘り炬燵式になっているテ‐ブル席が予約の家族
連れの団体で埋まり、それから客足は途切れる事がなく、すぐに一杯になってしまった。
ゴ‐ルデンウイ‐クだからなのか,子供の姿が多い。
カトリくんも厨房内を忙しく動き周っている。
「今日は美味い酒と料理に舌鼓を打ちながら一人でゆっくり飲むか」
まるでファミリ‐レストランにいるかのような子供達の嬌声を微笑ましく聞きながら,僕は最初の一杯を
注文していた。

先程の友人に連絡をいれる。
「おぉ中原どうした!?」
懐かしい声が,ほろ酔い加減の僕の耳に心地良く響く。
なんでも,子供が所属するサッカ‐チ‐ムの大会が今日あり、それだけではなく優勝までしてしまったと
いう事で、今は祝勝会の会場で飲んでいるのだと言う。
「じゃあまた今度,近いうちに行くよ」
と,泡盛のグラスを揺らしながら、僕は携帯を切った。
「ふぅ〜」
ゆっくりと店内を見渡す。
テ‐ブルには「宮崎地鶏のタタキ」と,切らしていたメニュ‐の代わりに板さんが「気持ちですので」と出し
てくれた「ふろふき大根」
グラスを干した僕は,また、泡盛「島唄」の水割りを注文していた。
そして,この店のいくつかの出来事に思考をたゆたわせてみる。
多分,まだまだ解決していかなくてはならない問題は山積しているだろう。
それらを如何に早く解決出来るかが,この店の成否を握っているといっても過言ではない。
と僕は勝手に思っている。
その中でも一日でも早く整備しなければならないのは「仕入れ」の問題だと思われる。
やはり,品書きにあるメニュ‐がないという事態は避けなければならないだろう。
特に,まだ開店間もない店にとっては、それが致命傷になりかねない。
だから,まだうまく人の流れなどが掴めないのなら、損を承知で「多目」に仕入れておくべきなのではない
だろうか(これはあくまで僕の主観であるのだが)
ある有名チェ‐ン店など(横浜にオ‐プンした折)開店時間まもなく行ったにも関わらず、売り物である目
玉メニュ‐がなかった事がある。
尚且つ店員の応対が最低であった。
「バイトだから」などという陳腐な言い訳は通用しない。
何故ならば,どこの店でも同じような状況を抱えているからだ。
多分こういう店はそれでも生きていけるのだ。
それは,僕のような客が来なくなってもあまり大勢に影響はないからだと思われる(ただそれが積み重
なっていった場合は・・・)
しかし個人店はそうはいかない。
だから頑張って欲しいのだ。
まだメニュ‐内容が充実しきっていない現段階で,そのメニュ‐を提供できないといった事態は極力、と
いうか、絶対起こさないようにして欲しいと思ってしまう。
カウンタ‐で「島唄」のグラスを傾けながら,そんな事を僕は考えていた。
一介のしがない客でしかない僕が,こんな偉そうな事を言えた義理ではないのだが、カトリくんとは、この
小田原の連中とは「仲間」だと思っている。
そして僕はこれからも,この「えん」で、様々な事を思い・考え、又、多くの人と出会っていく事になるであ
ろうし、勿論,今宵のように、ただ食を味わい、グラスを干すという夜もあるだろう。
「情けないっす!」
厨房のカトリくんとふと目があった時,彼が漏らした一言。
「スイマセンでした」と板さんと二人の言葉に送られて席を立つ。
「何もスマナイ事なんかないのに」
そう心で呟きながら靴を履き,ドアに手を掛ける。
「僕は君の心意気に打たれたんだから」
駅への道を辿りながら「今度は何人か連れてこよう」と思っていた。

「人の輪はどんどん広げたいな」とも思っていた・・・



2005/5/6(金)16:21 茅ヶ崎「スタ‐バックス」にて


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