男の小道具


緑が萌えていた。
全ての緑が,萌えていた。

僕はその日,アルミ&レザ‐のミニバッグと、ブ‐ツバッグの簡単な修理をしてもらうべく、彼の地を目
指していた。
車窓から見える風景・空気感は,もうすでに初夏のそれだ。
五月晴れの空に,真っ白な雲が浮かんでいる。
「そういえば,今日は無性に外を歩きたい気分だったな」
太陽光線を体一杯に浴びたかった。
そんな気分も相俟ってか,少し離れた彼の地を訪れる事に、軽い高揚感を憶えていたようだ。
バスのステップを降りた僕を「田舎の香水」が優しく包み込む。
工場(こうば)へと足を向けながら,僕は、ここに初めて降り立った時の事を憶い出だしていた・・・

あれは確か「Pen」という雑誌を見た翌日の事。
電話で場所(アルミで車をレストアする工場だった)を確認した僕は,いてもたってもいられず、どうしても
現物が見たくて、電車に飛び乗ったのだ。
のどかな風景の中,ひっそりとその工場はあった。
扱われている車達は,皆日本ではあまり見かけない珍しいタイプのようだ。
ジャッキアップされた車や型枠だけになった車が並び,小春日和の中、外にも数台、溢れている。
訪ないをいれると,工場内、左奥に併設されている事務所に案内された。
初めて目にする「アルミ&レザ‐バッグ」は本当に美しく,僕は一瞬の内に虜になっていた。
社長でもあるMさんは,気さくで笑顔がとても温かい方だったのだが「生粋の」という冠が当たり前に付い
てくるような、今は少なくなってしまった「昔気質」の「職人」の雰囲気を纏った方だった。
アルミやレザ‐の話など,2時間近くはしていただろうか。
丸味を出す為には「たたく」しかなく,それは機械では出来ないという事。
だから時間は掛かるが全て手作業で,丹念に造っていくのだそうだ。
そしてその作業は,若い職人の訓練にもなるのだと教えてくれた。
最後に,僕は幾つかあるモデルの内の一つを注文する事にした。
欲しいと思っていた「PCバッグ」にちょうどいいサイズがあったのだ。
ただ,製作日数を聞いていると、あがりは来年になるだろうと思われた。
しかし「そんなに気に入っていただいているんなら」と,Mさんは「年内にお渡ししましょう」と言って
くれたのだ。
かくして完成を待ちわびたバッグは,まるで物語りのように、クリスマス当日、僕の元に届けられた。
現場から急ぎ帰宅した僕は,やや乱暴に梱包を解くと、それに暫し見入っていたものだ。
これからこのバッグには,多数の傷が刻み込まれていく事になるだろう。
アルミは、その傷自体が何ともいえない表情を醸し出していくのだと、Mさんが教えてくれた。
僕は早速,今年最後の現場にもそのバッグを携えていった。
「何?それ凄いね中原くん!」
「あっ,これですか、このバッグはアルミとレザ‐で造られているんですが・・・」
興味津々な視線に少し得意げになりながら,僕は滔滔と語っていた。
それからというもの,このバッグを持ち歩いている時に、こいつに目を留めない人間は一人もいないといっ
ても過言ではない。
あれから約1年半。
そのバッグは,取っ手を少し改良したり取り替えたり、外れてしまったビスを打ち直しに行ったりしながら、
今日も元気に僕のノ‐トPCをしっかりと運んでくれている。
最初は「そうしている方もいますよ」とMさんに言われ,毎晩のように磨いていたのだが(その内にトロ〜
ッとした感じになってきますよとも言われていたのだ)、暫く経ってからは自然の成り行きに任せてみる事
にした。
何かその方がいいような思いに捉われたのだ。
そしてそれが良かったのか悪かったのかは分らないのだが,確かに今ではすっかり僕の手に、いや、僕
に馴染み「男の小道具」としての確固たる基盤を築いている。
というか,もうこいつなしの生活は考えられない程だ。
「そういった『小道具』が,考えてみれば随分増えてきているな」
そんな思いに浸りながら「小道具」との出会いはまだまだ続くんだろうなと,ボンヤリと考えていた。
アルミ&レザ‐バッグは既に3種類に達している。
実は,次に欲しいものは既に頭の中にあったりするのだ。
しかし,それはまだまだハッキリとした事が言えない段階なので、ここでは伏せさせていただきたいと思う。

人の目を魅く何かを持つという事は,中々気持ちの良いものでもある。
「コピ‐の巧い人間ではなく,オリジナルな、オリジナルに敏感な人間で在りたいな」

これからも僕は,自分だけのものを探し続けていく事だろう。
生み出そうとし続けていく事だろう。

己も知らない,内なる涼風に吹かれる為に・・・



2005/5/16(月)14:52 茅ヶ崎「スタ‐バックス」にて


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