往く雲の如く 【レザ‐を巡るエッセイ&スト‐リ‐】


〜トラベリングマン〜


ちゃんとした旅行鞄を買おうと思ったのは,数年前、イベントの為、韓国を訪れる事になったからだった。
それまでは鞄を「ただ物を運ぶ道具」としてしか捉えておらず,だからいつもザックリと大き目な(材質などにも
拘らず)何でもかんでも突っ込んでOKとうタイプの物を選んでいた。
ただその頃は流石に「これではいかん」と思い始めていたのだろう。
自分の年齢と照らし合わせてみても,もう少しマシにしたかったのかもしれず。
何はともあれ,そんな事を思っていた僕の目の前に、ちょうど良いその品が現れたのだ・・・

その日僕は,ある打ち合わせの為「ホテル・オ‐クラ」を訪れていた。
季節は真夏の只中にあった。
待ち合わせまでまだ微妙に時間があったので,ショッピングプロムナ‐ドをブラつく事にした。
「あと一ヶ月ちょっとで韓国かぁ」
そんな事を考えながら左右のウインドウに視線を遣る。
足が向いた先は一軒のバッグショップだった。
するとすぐ「ある品」に目がいっていた。
シャ‐プなシルエットと,しっかりとした造りが見える、キャスタ‐&取っ手が可変式の、サムソナイトの
キャリングバッグだった。
ブラックのそれは,面構えにも中々の精悍さを醸し出していた。
聞くと,このタイプは3年程前から発売されているのだが、店頭に置いてあるのは、ここと、あと2〜3店舗
のみだという事だった。
一目惚れ状態だった僕は購入を即決意し,宅配便で送ってもらう事にしたのだ。
当時の僕にとって,それは一大イベントとも呼べる行為だった。
何故なら今迄は「鞄」にある程度お金を掛けるなどという事は思いもしなかったのだから。
同じ時期僕はパスポ‐トやボ‐ディングパスなどを容れて機内に持ち込める用のショルダ‐も購入して
いたのだが,記憶に間違いがなければ、それが僕が始めて手にしたレザ‐バッグとなった。
ポ‐タ‐製(ブラック)のそれのレザ‐の感触が良く「高いな」と思いつつも購入していたのだ。
確か,同時に手入れの仕方も教えてもらったような気がする。
あの頃の僕には「レザ‐は高価な物」という先入観が強くあり,だからレザ‐製品を自分が手にするなど
考えてもおらず、大袈裟なと思われるかもしれないが「清水の舞台から飛び降りる」ような心境であったのだ。
今では「ポ‐タ‐」のそれは,一番のハ‐ド・ワ‐カ‐として、僕の現段階での主力となっている鞄達の
良きサポ‐ト役として頑張ってくれている。
ところどころもうガタがきているのだが。
そういえば,一度こんな事を思った事があった。
今の事務所(シグマセブン)に入って暫くした頃。
「(主にNAの現場に行った時)仕事が出来そうに見える鞄を持とう」
唐突にそう思ったのだ。
その為にセレクトしたのが「タケオ・キクチ」のブリ‐フバッグだった。
そして続けてもう一品,これはどこの物かは忘れてしまったのだが、大振りのブリ‐フ。
この時は,ノ‐トPCも容れられるようにという考えがあったようだ。
ある現場で,クライアントの一人であった初老の紳士から「それはフランス製のバッグですか?」と質問され、
僕は咄嗟に「ハイ」と答えていた。
「流石ですね」と言われたのだが,正直、僕はそれがどこの物かなどは忘れてしまっていたのだ。
しかし確かにエレガンスな雰囲気とシルエットを備えていた鞄であった事は確かなのだが。
その二種を当時僕は使い分けていた。
今では完全にレザ‐バッグ主流になっているので,それらは押入れの中で静かな眠りについている。
サムソナイトのキャリングバッグはとても気に入っていて,旅行にそれを持っていくのが毎回楽しみだったのだが、
レザ‐に傾倒していくようになると共に,オ‐ルレザ‐(ブラック)のボストンバッグも手にいれたくなってきたようだ。
ネットや様々なショップを訪ね歩いたのだが,中々「これ」といった品に巡り合わず「どうしたものか」と思って
いた矢先、やはり横浜のあるデパ‐トで、遭遇したのだ。
それは「r o」という,建築家&デザイナ‐(男女)コンビによるアメリカのブランドで、牛革とは思えないような
柔らかい感触と軽さ、そしてシンプルながら引き付けられるデザインが素晴らしく、30分程も迷っていただろうか。
しかしその時は,もう一つ見たいブランドがあり、そこと見比べてからと踵を返していた。
どうやら僕の判断基準は「シンプル」であるという事と,その中にほんの少しの「斬新」さが見え隠れしている事。
そこらへんに統一されるようだ。
もう一つの,あるブランドのボストンバッグに触れた時点で、僕の思いは決していた。
何日か後「ro」のボストンを提げ,満足気な笑みを浮かべてショップを後にする僕の姿があった。
あの時、店員の方から「roではこんな大きなバッグは初めてだと思いますよ」と言われていたのだ。
日本には多分この一点のみだとも。
暫くして僕は同じく「ro」のミニショルダ‐(オ‐ルレザ‐・ブラック)を購入する事になるのだが,ボストンと全く
同じ質のそれで一番目を引いたのは、ショルダ‐部分の調節がボタンだったという事だろうか。
しかしそれらの肌触りは本当に気持ちがいいのだ。
ただ,一つだけ気に入らなかったのは、ボストンのショルダ‐がレザ‐ではなかった事だった。
後日僕はショルダ‐だけ「ヘルツ」で注文する事になるのだが,在り物の品では満足出来ず、ある大型のボンサック
のショルダ‐に目を留めた僕は「これのショルダ‐だけって売ってないんですか?」と聞いたところ「あっ,オ‐ダ‐
受けられますよ、色使いも選べますので」との答えが返ってきて、嬉々とした僕は色指定をして発注する事にしたのだ。
一週間程して仕上がってきたそれを目にした僕の瞳は輝いていた。
ブラックを基調として,肩当に当たる部分にブラウンを配した色合いは絶妙でバランスも良く、しっとりと落ち着いた
表情をみせてくれていた。
ボストンとの相性もピッタリであった・・・

プライベ‐トでも仕事でも,旅にはいつもこいつが一緒だ。
供となるショルダ‐バッグは,その時々で変わるのだが。
イベントなどでは,これに、やはりオ‐ルレザ‐(イタリア製)のガ‐メントバッグ(衣装ケ‐ス・キャメル)と、
アルミ&レザ‐(チョコ)のブ‐ツバッグが大いなる存在感を漂わせながら僕という人間をしっかりとサポ‐トして
くれている。
以前揃えた物には「ア・テスト‐ニ」の室内履き(レザ‐・ブラック)最近では,コスメケ‐ス・シャツケ‐ス・
小物入れ(勿論全てレザ‐)などが仲間入りを果たし、ボストンの中身も大分賑やかになってきた。
多分多くの人は「勿体無い」と思うかもしれない。
年に数回あるかないかの旅やイベントの為に,これだけの「投資」をしてしまう事を。
自分でもそう思うのだ。
使う頻度を考えれば一目瞭然なのだ。
だが僕はその部分を踏み越えてしまうのだ,それも案外、簡単に。
あとで苦しくなると分っていても実行に移してしまうのだ。
「先行投資」の考え方が何時頃から芽生えたのかは定かではないのだが,そういった思考であるのは事実なのだ。
先日,行きつけの耳鼻科の先生から「中原さん、その道(レザ‐好き)をもうトコトン突き進んじゃって下さい(笑い)」
と、ある新しいレザ‐物を見せた時に言われていた。
その先生とは「診察」という名を借りて,お互いの趣味の話などをよくしているのだ。
共通しているのは「男は何かこだわりを持たなければ」と考えている事だ。
先生は僕よりも勿論潤沢な資金を持っており,所有している車の中には「日本で多分一番早いんじゃないでしょうか」
といったタイプもあるようなのだ・・・

最近思うのは,他人(ヒト)の目を余り気にしすぎるのは良くないという事だ。
己がいいと思い,己の琴線に触れたものこそを信じるべきなのだ。
他人(ヒト)にも「いい!」と言われたいという気持ちはあるが,一番大事なのは、己が満足するかどうかなのだ。
己の心が気持ちよく深呼吸出来るかどうかなのだ。
旅を続ける事によって,これらは僕の身体の一部のようになっていくのだろう。
どこかに出掛ける「旅」と,人生という名の果てしない「旅」
どちらにも,やはりそれらは欠かせない大切な相棒で。

果てしない旅の途中で思うことは「もっと旅がしたい!」という事で。
そこから僕は当たり前に刺激を受け続けられる人間で在りたいと思う。

発見は日々あり,同じ一日など在り得ないのだから・・・


2005/7/12(火)17:13 茅ヶ崎「スタ‐バックス」
       &
     7/13(水)14:49 茅ヶ崎市美術館「喫茶・Pino」にて。


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