「匠」として


先日の晩帰宅して暫くの間「世界のス‐パ‐ドクタ‐」という番組を見ていた。
以前から知っていた日本人の脳外科医の先生が丁度出ていて興味をそそられたという事もあったのだが、
すぐ風呂にも向かわず何故テレビの前に釘付けになっていたのかと言うと、ある方がそのNA(ナレ‐ション)を
されていたからだった。
僕は椅子に座る事すら忘れ,着替えを抱えたまま、食い入るように画面を見詰めていたのだ。
いや,その「声」に聞き入っていたのだ。
その人の名は「窪田等」
窪田さんは,僕が大ファンでもある「情熱大陸」のNAを担当されている方で、事務所の大先輩でもある。
そして,僕が密かにナレ‐タ‐の中でNO.1だと思っている方なのである。
やはり窪田さんは凄い。
難しい医学用語が連なり,しかもタイトな秒数の中でも言葉がしっかりと輪郭を持ち、ニュアンスも余裕を持って
加味され、こちら側に届いてくるのだ。
他の,僕が「異次元」に居られると認識している方々もそうなのだが、その方達は「一秒」を丸々無駄なく捉える
事が出来るようなのだ。
特に僕はそれを窪田さんに感じるのだ。
何故かというと,最近は「情熱大陸」の番宣も窪田さんがやられる事が多いのだが、かくいう僕も時々担当させて
いただいていて、同じものを読んでいるからだ。
その中でも特に,番組の直前に流れる5秒程の「クロスプラグ」と呼ばれているものに、それを感じるのだ。
情熱大陸の番宣は,その時によって少々変更される事もあるが、15秒&12秒を数タイプ、そして5秒のクロスプラグ
となっている。
クロスプラグは5秒と言っても,チャイム音を聞いてから喋り始めるので、実質は4秒を少し切る位の時間なのだ。
そこに例えば「この後は情熱大陸,至高のナレ‐タ‐、窪田等」と入るとする。
上の例文はまだ余裕のあるものだが,ワ‐ド数がもう少し多く、どう見ても「無理でしょう」という文章もある。
しかし。
そのワ‐ド数の多い文章でも,窪田さんが読むと、余裕を持って耳に届いてくるのだ。
まるで2〜3秒増えているのではないかと思わせる程印象が違うのだ。
自分が読むと,やはり早い感じは否めないのだが、窪田さんが読むと「ゆっくり」余裕を持って聞こえるのだ。
では,何が違うのか。
以前にも触れた事があるが「言葉」というか「音」がシェイプされているという事と,タイミングが絶妙だと言う事が
挙げられるのではないのだろうか。
そして「一秒」を大きく捉えられるという事。
それが「一秒」を丸々無駄なく全て使えるという境地に結びついているのではないかと僕は思っている。
長いものになると,これに「息の深さ」というものが必須条件となってくるのだが。
センテンスが長く,しかも途中で切れない文章の場合などには、それが顕著に現れてくるからだ。
話を少し戻すが,大きな要因の一つであるタイミングだが、この「クロスプラグ」を例に取ると、チャイム音を聞いて
喋りだす場合と、聞いた瞬間に喋り出す場合(時間を稼ぐ場合)、それと、殆ど同時に(微妙なタイムラグをつけて)
喋り出す場合がある。
それこそ様々なスポ‐ツ競技と同じように,零(レ‐)コンマ何秒違うだけで、そのセンテンス全てが駄目になって
しまう危険を孕んでいるのだ。
(自分にも経験がある(アニメでも外画でもナレでも),飛び込んだ瞬間に「イカン!」と思う時があるのだ)
厳密に言うと「前の人のセリフが終わったらすぐ飛び込んで下さい」と言われても,そのセリフに綺麗に繋がって
いる事などまず在り得ない。
現在は,ミキシング技術が発達し、簡単に、その零コンマ何秒を埋めたり離したりという作業が出来るようになった。
しかし,窪田さんをはじめとした「異次元」の人達は、そのコンマ何秒がまるで「見える」ようなのだ。
これこそ究極,これこそ神技。
そう,これを「匠の技」と言わずして何と言おう。
非常にいつも楽に喋っている窪田さんのナレを聞くにつれ,心で唸るばかりの自分だが(時々、声に出ているようだ)、
「俺も何時か絶対」と強く思っている。
それもそんな先ではなく,明日にでもと。
これは「驕り」とかではなく「そんなに悠長な事は言っていられない」という現実があるからなのだ。
その過程で,何者でもない、何事にも揺るぎのない自分自身の喋りが生まれ育ってくれればと願っている。
先人達の世界には到達出来ないかもしれないが,僕は僕の「異次元」へ踏み込む事が出来る筈だと信じているし、
それは可能だと思っている。

その時は僕にも,零コンマ何秒の世界が見えるのかもしれない。
その時は僕にも・・・

「匠」として,この世界で仕事をし続けられればこんなに嬉しい事はない。

壁は何度でも乗り越えてやる!



2005/9/27(火)17:52 茅ヶ崎「スタ‐バックス」にて


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