OKASHI 0467 |
7年程になるだろうか「クリスマス」が僕の前を静かに過ぎて行くようになったのは。 それは何か行事があるなしに関わらずなのだが。 粛々と僕の前を過ぎていくのだ・・・ 街はクリスマスデコレ−ションに彩られ,心が浮き立つ様を気持ちよく感じながらも「何か今日の雰囲気は・・・ 空気感は・・・お正月のようだな」等と思っていた。 師走も真ん中を過ぎた辺り。 透明さを増した陽光の中,穏やかな昼下がりの住宅街を、僕は時々立ち止まっては空を見上げながら、雲の行方を 追っていた。 「今日も雲の乱舞が見事だな」 都会で見る空も,ここ、鎌倉で見る空も、同じように僕の心をざわめかせる。 「しかし今日はノンビリした日だ」 そんな事を思いながら「こんな店もあるんだ」と初めての街並みをゆっくりと辿っていた。 気が付くと,右に、目指す店が現れた。 「OKASHI 0467」 僕お気に入りの「0467」が新たにオ−プンさせた,スイ−ツ専門店だ。 立ち止まり深呼吸を一つすると,店内に足を踏み入れる。 「0467」と違い,こちらはモダンな雰囲気で造られているようだ。 店は鰻の寝床のようで,入った直ぐがケ−キケ−スとレジカウンタ−、左に硝子で仕切られた厨房を見ながら 一段づつの段差を三段程上がると,一番奥に黒のソファ−席がしつらえられてある。 案内のハガキには,カフェスペ−スは奥に少しだけと書かれていたのだが、二階への階段が見えたので、スタッフに 「二階もあるんですか?」と聞いてみたところ「ハイ、どうぞお上がり下さい」という声が返ってきた。 階段を上(のぼ)る。 そこは「0467」とは又少し違う古民家の雰囲気を醸し出している空間だった。 木造りで大きめのテ−ブルは四席あり,窓を背にしたソファ−席は背凭れのない大きな四角い造りで、それが 並べらた様は、まるでベンチを思わせた。 向かいの席は,一席づつで、こちらは多分プラスチック製と思われる。 両方共,黒で統一されていた。 その空間に,僕はいい意味で「中途半端」な印象を受けた。 「枠」に捉われていない空間は,しっかりと造られていないと感じられる分(僕の感覚では)心のゆとりを喚起させて くれるようだ。 「変な人」と思われるかもしれないのだが,僕は「隙間」というものにとても魅かれる人なのだ。 それは,店しかり、街しかり、人しかり、空しかり、大地しかり、光しかり、空気しかり。 だから北海道や沖縄にも魅かれるのかもしれない。 我が街・茅ヶ崎にもそれは言えて。 そんな思いに浸っていると「0467」で顔見知りだった男性スタッフが注文を取りに来た。 「スイマセン,ここにはトアルコトラジャがなくて」 彼は僕がいつも「0467」で飲む銘柄を憶えていてくれたのだ。 暫く店の事やケ−キの話をした後,彼お勧めの「NO,8」のケ−キを所望する事にした。 お供はダ−ジリンのミルクティ−で。 (習慣になってしまったのか,一杯目はだいたい紅茶で,二杯目から珈琲に切り替えるというパタ−ンを続けている。 これに当て嵌まらないのは「スタバ」ぐらいであろうか) 店頭にあるケ−キケ−スの中には,NO,1〜NO,9まで、常時9種類程のケ−キを用意しておくという話だった。 「ここならゆっくりとノ−トPCに向かったり,読書が出来そうだな」 そんな「OKASHI 0467書斎化計画」を夢想しながら運ばれてきたケ−キを食べ終えた頃,女性パティシエ のOさんが二階までわざわざ挨拶に来てくれた。 久しぶりに言葉を交わしながら,僕は以前「0467」で初めて食べたOさんの「ショ−トケ−キ」の衝撃を憶いだしていた。 口に含んだ途端溶けるスポンジの食感は,今迄経験した事のないものだったのだ。 そして僕は居ても立ってもいられなくなり,オ−ナ−のKさんに頼んで、厨房にいる彼女を呼び出してもらい、自分が 今感じている思いを語らせていただいたのだ。 勿論,スポンジだけではなく、全ての素材のバランスが良かったから、僕もあんなに舞い上がってしまっていたのかも しれないのだが・・・ 「スイ−ツ・バ−もやってみたいなと思ってるんです」とOさん。 週末だけ,深夜に掛けて開かれるスイ−ツ・バ−。 僕はもう,重厚な一枚板のカウンタ−でスイ−ツを食べながらシングルモルトのグラスを傾ける自分の姿を想像していた。 「その時はアイラ(お気に入りのシングルモルト)があるといいな」 そんな事を勝手に想像しながら,僕は天井の梁を見詰めていた。 聞くとOさんは以前「千葉」に住んでいて,オ−ナ−であるKさんと同じ会社に勤める後輩だったそうなのだ。 ケ−キは,ただ好きで焼いてきただけで、専門的な知識はないとの事だった。 そして,ある日、Kさんから誘われ、スィ−ツを任され、今に至るという。 彼女も,趣味が仕事に結びついた幸運な人間の一人なのだろう。 だが,彼女はただの幸運な人間ではなかった。 独創的で,微妙なバランスを取る事が出来る、多分、数少ない人間の一人なのだと思う。 ただ一つ残念なのは,今のショ−トケ−キの味と、あの頃のものとが違うという事だ。 出来れば,あの頃のショ−トケ−キも再び焼いてもらい、特別に「二種類」置いていただきたいものだ。 「カタカタカタ・・・」 窓は昔懐かしい螺子(ネジ)式の蝶番(ちょうつがい)で留められていた。 この音は,僕にとっては冬の音だ。 春の音でもなく,夏のでもなく、秋の音でもなく・・・ ここで今シェフを任されている男性は,一年程前に何度か「お客」として「0467」を訪れていたそうで、その時に 「このような店で働いてみたい」と直談判してきたそうなのだ。 勿論,Oさんのケ−キにも感じるところがあった筈で。 パティシエとしての経歴は素晴らしいものだったが「もし次の店を出すような事があれば声を掛けさせていただきます」と その時は願いが叶わなかったそうなのだ。 それがたった一年後。 彼は希望通り「シェフ」として迎え入れられた。 Oさんも「シェフは凄いです!」と絶賛する腕前の彼と,Oさんとのコラボにより、どのようなケ−キが生み出されてくる のかがこれから非常に楽しみなところではある。 既に僕は一つ「お気に入りケ−キ」を見つけている。 番号を失念してしまったのだが,二度目に訪なった時に食したオレンジベ−スのケ−キで、こちらは「シェフ」自らも 一番好きだと語る一品(ひとしな)となっている。 これからの僕の目標は,まず残り6種類のケ−キを制覇する事である。 ここ「鎌倉」の地で「OKASHI 0467」のスイ−ツ達がどのような「変化」を「進化」を遂げていくのか、一ファンとして 見詰め続けていきたいと思う。 この「地」には,確かに「人」を豊かにしてくれる「何か」が漂っている。 「浄化」してくれる「何か」が漂っている。 「人」と「物」とが潜在意識のレベルで融合を果たした時,そこにはきっと、信じられない、誰も今まで食した事のない 「逸品」が生まれる筈なのだ・・・ 黄昏時の陽光を浴びながら「由比ガ浜」駅を目指す。 澄んだ蒼さを湛えた空に,雲の白さが鮮やかだ。 暫し逡巡した後(のち)「鎌倉」行きをスル−し「藤沢」行きを待つ事にする。 夕陽があまりにも見事だったからだ。 「海はどんな表情を見せてくれているのだろう」 やがて「江ノ電」がゆっくりと入線してきた。 「おっ」 幸運な事に,3両中、先頭の2両が、木の床の車両だったのだ。 今では中々お目にかかれなくなってしまった車両に乗り込み,僕は木の感覚を慈しむように、席にも座らず、行ったり来たりを繰り返していた。 彼等の唄が聞こえる。 今でもしっかりと生きている様を足裏に感じながら,車窓に目を遣る。 夕陽を照り返す海面に目を細めている僕を乗せた「江ノ電」は,その身体をユサユサと左右に振りながら、静かに 「鎌倉高校前」に入線しようとしていた。 再び見た空は,まるで薄いカ−テンを一枚降ろしたかのように「蒼さ」を増し、雲間から鈍い光を放っていた・・・ 2005/12/28(水)16:38 茅ヶ崎「スタ−バックス」にて |
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