往く雲の如く 【レザ‐を巡るエッセイ&スト‐リ‐】 |
〜イヴの両手〜 三度目の来店だった。 もう何回このレザ−ジャケットに袖を通しただろう。 顔見知りのスタッフと言葉を交わしながら,僕はその羽織り心地に心を奪われていた。 極限まで薄くなめされた牛革,手間が掛かるが故に誰も触れようとしなかったであろう縫製の妙。 そして特殊加工を施され(その為クリ−ニング不可なのだが),光の加減によって表情を豊かに変化させる、 ブラック&グレ−の微妙な色合い。 形状は何の変哲もない「ジャケット」なのだが,手に取り、着てみると、その独自性に驚かされる事になる。 しかし,何が一番僕の心を揺り動かしたのかと言うと、もしかしたら、二度目にそのジャケットを試着しに訪れた 際にスタッフが話してくれた内容にあったのかもしれない。 一つは,イタリアでバイヤ−が見つけてきたこのブランドを立ち上げていたのは、まだ二十台半ばの二人の 日本人だという事。 二つ目は,そのブランド名が「Le mani di eva」であったという事。 「イヴの両手」 僕はその日本語訳を聞いた瞬間に,既にイヴに抱かれたアダムになっていたのかもしれなかった・・・ 時々立ち寄るその店で初遭遇した時に好印象は持っていたのだが,価格が高いという一点で、自分が 購入する事はないだろうと、その時は考えていたのだ。 しかしそれから何日たってもその服の事が忘れられない自分に気付き,僕は少なからず狼狽していた。 二度目の来店後には,最近購入した物と、これから購入する事が決まっている物とを考え合わせた結果、 「今回は見送ろう」という結論を出し、自分の「思い」の中から、潔く切り離していたつもりでいたのだ。 しかし・・・ 5月に行われる或るライブに急遽参加する事が決まると,真っ先に脳裏に浮かんできたのは、あのジャケットを 着てステ−ジに立つ己の姿であった。 (ある方も著書で書かれているが,ショッピングの際、特に大物を求める時には、何か正統的な理由を付けたく なるものだ。 「買う」という行為が正しかったのだと,必要だったのだと自分自身に納得させる為に) その時点で僕の頭の中は目まぐるしく回転を始めていた。 無理をしないと購入出来ないのは,火を見るより明らかだったのだ。 結論を導き出すと行動は迅速だった。 が,決して急ぎ過ぎはしなかった。 なくなっていれば,僕の元に来る運命ではなかったというだけの事だ。 慎重に幾つかのショップを巡り,あれを凌ぐ物がない事を確認すると、鼓動が早くなるのとは逆に冷静になって いく自分を不思議に思いながら、その店を目指した。 多くのインポ−ト物が占める二階に足を踏み入れる。 顔見知りのスタッフが僕を認め,笑顔を浮かべた。 「あのジャケットを」 と僕が言うが早いか,彼は「分っていましたよ」とでも言いたげに、素早く僕に羽織らせてくれたのだ。 「うん・・・この感覚・・・」 まるである神聖な儀式を遂行する信者のように、二言三言をスタッフと交わした後、僕はいつも自分を桃源郷へと 誘(いざな)ってくれる「魔法の言葉」を告げていた。 「これをいただきます」・・・と・・・・ 2006/4/16(日)18:04 茅ヶ崎「スタ−バックス」にて |
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