「風の如く」〜風林火山の記憶〜 |
「・・・プッチンプリンなんだ・・・」 九州地区最後の地,宮崎で「風魔の小次郎」ビデオリリ−ス記念ミニイベントを終えた僕等は、打ち上げを 終え、二次会場であるディスコに移動していた。 通されたのは「VIPル−ム」 今迄ディスコという空間に一歩も足を踏み入れた事のなかった僕にとって,噂にしか聞いていなかった「VIPル−ム」に 招じ入れられた時は,やたらと緊張していたように思う。 「一体これから何が行われようと言うのか」 暫し注文の遣り取りをした後「そいつ」は厳かに(僕がそう思っただけなのかもしれないが)銀のトレイに載せられて 運ばれてきた。 「お待たせいたしました」 やたらと丁寧に扱われながらフル−ツの盛り合わせと共に僕等の前へ。 「・・・」 その時の僕が受けた衝撃をお分かりいただけるだろうか。 一瞬の間の後(のち),僕等が、これも非常に厳かに、揃って「そいつ」を「プッチン」した事は言うまでもない。 時に,1990年、僕にとって20歳台最後の年の出来事であった・・・ その年は確か,僕は「福岡」「熊本」「宮崎」「広島」を廻ったと思う。(記憶が少し曖昧なのだが) 他の場所に行った出演者もいた筈だ。 前の年にリリ−スされたOVAシリ−ズが好評で,その第2弾として発売される「聖剣戦争篇」のプロモ−ション を兼ねて行われたミニイベントがそれであったのだ。 プロデュ−サ−の言葉からもこの作品に賭ける意気込みがヒシヒシと感じられた。 今思い返して見ると,豪華なキャスティング(顔触れ)であった。 僕は「項羽」(兄)「小龍」(弟)という双子の役を演らせていただいた。 「項羽」は第1弾のOVAシリ−ズ最初の方で早くも命を落としてしまう。 (不思議な事にあまり出番がなかった項羽の方が小龍より人気が高いようなのだ) そしてその事をしらない小龍の元へ,兄を殺(あや)め、まんまと項羽に化けた刺客がやってくる。 結局,化けの皮が剥がれ、小龍は、兄の顔(声も)をした刺客と戦う事になるのだが、僕はどちらの役も演っているので、 Mさん(ディレクタ−)から「じゃあ中原ちゃん、本番ではまず項羽の方を演って下さい。テストでは一緒に演ってもらってて 構わないので・・・」と言われ、暫くしてそのシ−ンが入ったロ−ルのテストが始まった。 「うん,今みたいな感じかな」と,マイク前から席に戻った僕の耳に「ハイ、OKです。じゃあ次のロ−ル行きます」との声。 「えっ・・・」隣に座っていた先輩のYさんに「今本番だったんですか?」「そうみたいだね」 不安そうな表情をしている僕に苦笑いしながら「大丈夫、大丈夫」とYさん。 Mさんが思い違いをされていたのか,そうでなかったのかは定かではないのだが、ブ−スにいる誰もが 何も言わなかったところを見ると、問題はなかったんだと解釈し、次のロ−ルへと僕は気持ちを切り替えていた。 確かにテストから廻しているディレクタ−はいる。 本当によく言われるのは「テストは良かったんだけどなぁ」という事で,もしかしたらその時も、ブ−スで聞いていて 「OK」と思われたのかもしれない。 ただそれが可能になる為には,全員が「テスト」でも「本息」で望まなければ叶わないのだ。 「テストでも本番と同じ気持ちで集中して行け!」「テストで探ろうなどと思うな!」 これも耳にタコが出来る程叩き込まれた言葉だったが「本息」で行ける為の準備はキチンとしておけよという 事でもあったようだ。 そう,「テスト」は「テスト」に有らずとしっかりと捉えていないと、本番で「本息」でなど出来る筈がないのだ。 ベテラン勢はこれに当て嵌まらないが。 あの時の「OK」も,全員が「本息」だったからこそ生まれたものだったのだ。 僕達「役者」は自分で勝手に判断してはいけない。 決めるのは「ブ−ス」にいる人間達であり,顔の見えない不特定多数の人達であるからだ。 「ひとりよがりにならないように」とは,いつも心に刻み付けている。 しかし,今だに、先程語った「本番」では萎縮してしまっている時があるのも事実だ。 要は,その「萎縮」している自分を感じた時にどうするかだろう。 僕の場合はその時々によって幾つかの方法があるのだが,萎縮している自分を心地良く感じて、それ以上の 「集中力」を身体の底から吹き上げさせる事だろうか。 逆に,自分を緊張させる時もある。 その「緊張」の先に「何か」が生まれてくるのだと、「緊張」を超えたところに、真の「集中」と言える「域」があるのだと 信じているからかもしれない。 残念な事に,その感覚はまだ2回程しか体験していないのだが。 (と言っても明確なものではなく僕がそう感じただけなのであるが) とにかく,僕にとって初の双子役である項羽&小龍が登場した「風魔の小次郎」は、このような出来事と共に、 僕の中に今でもハッキリと息づいている。 それともう一つ。 ディレクタ−がMさんだったからなのかもしれない。(エッセイ・「空蝉は玉響の中に」参照) 「羽よ舞え・・・」 項羽が,小龍が放った羽は、今も煌きの尾を曳きながら、僕の心の空を舞っている。 多分,僕がどこかに辿り着かない限り舞い続けるのだろう。 しかし,どこかに辿り着く事などあるのだろうか。 そんな事は一生有り得ないのではないか。 「生きている限り」 そう,羽はきっと僕の前をいつも舞っている。 それは例えるなら,嵐の夜、大海に翻弄される船の行く先をしっかりと照らし出してくれるライトハウスのように、 僕の「生き先」を指し示してくれようとしているかの如く、羅針盤の如く。 僕はいつもの空に,羽の軌跡を探していた。 まるでそれが分っていたかの如く,遙か虚空を、飛行機雲が漂っている。 少しずつ空に溶けていくそれを,茜色が優しく包もうとしていた・・・ 2006/8/29(火)18:03 & 8/30(水)15:35 茅ヶ崎「スタ−バックス」にて |
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