岡山のおじい



それは「衝撃的」だった。

今回のバ−ゲンの中での目玉ともいえるショップ群を見終えた僕は,近くまで来ていたという理由だけで、久しぶりに
「その店」を覗こうと、エレベ−タ−のボタンを押していた。
そこは隠れ家的な店で,仕入れているブランドも、あまり、というか、殆ど巷では知られていなかったりするのだ。
その殆どがジャパニ−ズブランドであるという事実に,その店の拘りを垣間見る事が出来る。
以前ここで(開店して間もない頃),イタリアンブランドの物凄い味わいのある鞄に目を奪われ、気持ちが「購入」する方に
少し傾いた事があったのだが、その時は何度か足を運ぶだけに留まっていた。
今ひとつ決め切れなかったといったところだろうか。

自分の好むレザ−物がそうない割りに僕が時々ここを訪れている理由は「目が釘付け」になる「作品」がさりげなく
配置されていたりするからかもしれない。
ただ,そのような、ある意味常識を覆すような、デザインが秀逸で奇抜な「作品」とは滅多にお目に掛かれないのも事実だ。
だから,そんな物を目の当たりにしたときの衝撃は計り知れないのだ。

「ん?」
入った瞬間気が付いていたのだが,取りあえず店内を一周してみる。
幾つかの商品の説明を顔見知りのスタッフから受けながらも,僕は、自分の意識が急速に、先程見た「ある物」へ向かって
行くのを感じていた。
マネキンに手を伸ばし「これは凄いですねぇ・・・」
「これは,ネクタイですか?」「ええ,でも、スト−ルと思っていただいてもいいかもしれませんね」「いや,しかし・・・これは凄い」
「あとは,ベルトのようにですとか、鞄などに、まぁアクセサリ−的な使い方をされてもいいと思いますよ」
「・・・・・」
「三点入って来たんですが,それが最後の一点になります」

幾つかの異素材を組み合わせ,埋め込み、丁寧且つ丹念な縫製を施された「逸品」は、ネクタイという一般的な
言い方の範疇には納まり切らない芸術品の域に達しているように感じられた。
聞くと,岡山に住む、高齢の職人さんが一人で創られた物らしい。
「これだけの素材と、手間の掛かっている事を考えると、〜万円という値段でも安すぎるかもしれないですよね」
どの位,それに触れていただろう。
結局僕はその時,自分の首にそれを巻いてみる事もせずに「至急考えてみます」と店を後にした。
あの時の僕には,自分がまだ試した事のない未知のファッションに対する「畏れ」があったのだ。

そして一週間程経ったある日。
僕はあの「逸品」に再び会う為,彼の地を目指していた。
「一度巻いてみて」とは思っていたのだが,本当はもう決断していたのだ。
ただ,土日を挟んだ為、売れてしまっている可能性はあった。
店に入ると,もう一人の顔見知りのスタッフが「お久しぶりです」と声を掛けてきた。
「うわ〜っ,これどこのですか!?」
僕の着ているレザ−ジャケットを見るなり感嘆の声を挙げる。
「あれを巻いてみたいんですけど」
「あれ,いいですよね!・・・あっ、ジャケット掛けておきますので」
「ちょっとしっかり見させて貰ってよろしいですか!?」
「わぁ,これはもう芸術ですねぇ!!」
彼と話しながら僕は思っていた。
この,首にル−ズに巻かれている「逸品」もまさに「芸術品」なのだと。
「服がその人の何かを表す」
身に付けた物が,単なる物でなくなる時は確かに在るのだと思う。
それは日々の暮らしの中でも。
今回,かの「逸品」を身に付けた時、当初考えていたのとは異なる、上から下までのコ−ディネイトが頭に浮かんでいた。
これは僕の「決意表明」だ。
どんな言葉よりも雄弁な。

外に出た時,幾らか高揚している自分が何故か誇らしかった。
新年に相応しく,清々しい気分が僕を包み込んでいる。

事務所の新年会が明日に迫っていた・・・



2007/1/14(日)01:56 自宅にて


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