いつの日か再び






海が見えた。
右手に,波も殆どない、穏やかな夏の終わりの海が。
江ノ電が「鎌倉高校前」駅にゆっくりと入線していく。
天気は生憎良くなかったが,その分なのか何故なのか、時間の流れが緩(ゆる)やかに思われた。
夏はいつも突然やってきて,突然去っていく。
あれだけ照り付けていた太陽も,今は雲間に隠れている。
蝉は相変わらず喧(かまびす)しいが,彼らも、次の季節の控えめな足音をどこかで感じているのかもしれない。
車の走り方もどこかおとなしいようだ。
「七里ケ浜」を出ると,自分の小説の中に登場させた場所がなくなり、その跡地にはマンションとおぼしきものが建設中だった。
広大な芝生の庭に,三棟程の平屋が建っていたのだ。
「また一つなくなった・・・」
後方に流れていく変わってしまった風景に目を遣りながら,僕は思っていた。
その風景達は脳裏に焼きついていて,いつまでも忘れる事はないのだろうが。
ただ,ただ、やはり寂しいと思ってしまうのだ。
「稲村ケ崎」を過ぎ「極楽寺」「長谷」そして「由比ケ浜」へ。
そう言えば,以前「極楽寺」で降り「長谷」まで歩いていった事があった。
その時は,立ち寄ったあるサ−フショップでフリ−スのロングコ−トのような物を買ったのだ。
あれは初秋の頃だったか。
「暫くしたらまた出さないとな」
ドアが開きホ−ムに降り立つ。
以前は車掌さんにキップを渡して駅を出ていたのだが,ここにも少し前から自動改札が設けられ、僕はスイカを
タッチしてあの場所を目指した。
「由比ケ浜」も好きな駅の一つだ。
と言っても江ノ電のどの駅も雰囲気があって好きなのだが。
どんよりと曇った空も,ここ鎌倉には似合っている。
ゆったりと歩を進めながら,去来する思いに身を委ねる。
気が付くと,もう店が目の前に。
「久しぶりだ」
一呼吸置いたあと,僕は扉を開けていた・・・

2階のカフェスペ−スには僕しかいなかった。
静やかに流れるジャズを心地良く感じながら,ノ−トPCを開ける。
この感覚は何度味わってもいい。
テ−ブルには,適度に汗をかいたアイスコ−ヒ−。
窓に目を遣る。
再びディスプレイを見詰めた僕は,やがてキ−ボ−ドを打ち始めた。
意識が思考の中に集中するのを感じながら,紡がれる言葉を、見詰めては修整するという事を繰り返す。
初めて彼の地を訪れた時の事,初めてここ「OKASHI 0467」を訪れた時の事。
両方ともエッセイに認(したた)めてある。
今では2つの店は,僕にとって欠かせない大切な「リトリ−ト」となっている。
ふとした瞬間に,また行きたいと思う場所。
その空間に抱かれたいと思う場所。
勿論,そこが僕のル−ツの一つである「鎌倉」の地に在るという事が大きな要因の一つではあると思うのだが。
特に,彼の地「0467」は、自分の中で特別と言ってもいい存在になっていたようだ。

いつも鎌倉駅からブラブラと20分程を掛けて歩き・・・
冬の帰路,ほろ酔い加減の身体を冷気で覚ましながら、全てがシンとした静寂の中、冴え冴えとした月を何時までも
飽く事なく見上げていたり・・・
時には自慢のレザ−類を持って行きスタッフと話し込んだり・・・
ここで飲む「トアルコトラジャ」は美味いと思ったり・・・
同じくここで飲むベストの焼酎に出会ったり・・・
再生された古民家が喜んでいるなと思ったり・・・
人は優しいなと思ったり・・・
何気ない日々がとても愛おしく感じたり・・・
季節の移ろいを肌で感じたり・・・
笑顔は一番だなと感じたり・・・

様々な思いを抱きながら,僕はキ−ボ−ドを打ち続ける。
今,その特別な存在が、ある事情で休業状態に陥っているのだ。
同じ場所で再開出来るかどうか微妙なところのようだが,オ−ナ−のKさん初め全スタッフは、早期復活を目指し、
一丸となり前に進み始めているという。
多くのお客さんからエ−ルも送られているようだ。
そう,僕もただ純粋に「エ−ル」を送りたかったのだ。
それぞれがそれぞれに,その場所に思いを抱いていて。
感じている事はもしかしたら違うのかもしれないが,その場所に心を、身体を癒されていて。
ただ「頑張って!」というのは無責任かもしれない。
しかし真剣に「頑張って!」と言ってもらえる人が独りでもいるという事は,とても素敵な事ではないのだろうか。
僕にとっては,それはファンの方達という存在で。
今迄その存在にどれだけ勇気付けられてきた事か。
今迄その存在にどれだけ這い上がる力をもらってきた事か。

だから。

「いつの日か再び彼の地で笑い会いたいのだ,一度も会った事のない人々と共に」

頑張れ!「0467」
僕はいつまでも待っている。

君を信じているから。

人の思いを,信じているから・・・


PS:この文章を,Kさん及び「0467」「OKASHI 0467」の全スタッフに捧げます。



2007/8/30(木)15:30 「OKASHI 0467」にて
     &
     8/31(金)17:51 茅ヶ崎「スタ−バックス」にて


back Copyright 1999-2007 Sigeru Nakahara. All rights reserved.