冬の音





「ピッピッピッピッ・・・」

スイッチを押す。
するとまた3時間は稼動しているのだが、押さないでいると,少ししてから動きを止めてしまうのだ。
「石油スト−ブ」
家にあるこいつの発するこの音を聞くと「冬が来たか」と思うようだ。
何故「ピッピッピッ」なのか。
気温の変化でも,レザ−の登場回数の多さでもなく。
それにふと気付いたのは何日か前の事なのだが,鳴っているスト−ブを見てそう思ったのだ。
テレビがついている時などは,気付かなかったりする時があるのだが、皆が寝静まった深夜に聞くと、やけに音が
たって聞こえ、家中に響き渡る印象がある。
音というのは不思議なものだ。
今,僕は久しぶりに鎌倉の「Life」に来てこれを打っているのだが、外を行き交う車の音や、店内に流れている音楽
よりも、小振りの柱時計が刻む音の方が、ハッキリ僕に届いているようなのだ。
隙間を縫うといったらいいのだろうか。
人工の音と,生の音の違いはあるのかもしれない。
陽はゆっくりと,しかし確実に傾いてきている。
ここの名物である「水出しのアイスコ−ヒ−」を飲みながら,ふと外に目を遣ると、自転車に乗った女性と目が合った。
暫くするとドアが開き先程の女性が「中原さん,お久しぶりです!憶えてらっしゃいますか、私、以前、0467にいた・・・」
その瞬間,憶い出していた。
以前の「0467」の佇まいと,様々な「音」を。
あの時,カウンタ−で交わしていた言葉や風景が鮮やかに甦る。
そう言えば,当時のスタッフ何人かが、レザ−に大変興味を示してくれて、レザ−職人の仲垣くんを伴った事があった。
常時腰に数本ぶら提げている包丁を入れておく為のレザ−ケ−スや,小物容れや、ショルダ−バッグなど。
オ−ナ−のKさんも加わり,ひとしきり盛り上がっていたのだ。
「そんな事もありましたねぇ」
「あっそうだ!あの時包丁容れを作りたがっていた彼を呼びますよ」
と,携帯で話していたのだが、どうやらその彼も仕事が終わったようで、こちらに向かっているようだ。
様々な音を縫うように,僕の耳に、柱時計の刻む音が届いている。
彼女の話を聞きながら,珈琲をもう一杯注文する。
静かで,少し心をざわめかせる夜が、始まろうとしている。

全ての「音」が,夜という衣を纏い始めていた・・・



2008/11/14(金)15:22 藤沢「スタ−バックス」にて


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