クロムハーツ
13時12分
そぼ降る雨の中,ガ−ドマンの視線を感じつつ、エントランスに足を踏み入れる。
「とうとう来た」
目の前には2階への階段。
「・・・」
一段一段噛み締めながら上を目指す。
「初めて来たのは夏だったか」
次に来る時は,自分の物にしようと心に決めていた。
僕の目にはもうそれしか映っていなかった。
ようやく巡り合えたといったところか。
何年恋焦がれてきたのだろう。
「これは違う」
といつから思っていたのだろう。
これこそ,生涯を共にする「唯一無二」の物を持つべきではないのだろうかと。
持つ事が喜びとなり,持っている事で「己」がいつも戒められるような存在。
書く事がステイタスとなるような存在。
「こちらになります」
スタッフが何本か出してきてくれた。
握りや重さを何度も何度も確かめ,試し書きを繰り返す。
本当は、もう、以前「夏」に訪れた時に決まっていたのだ。
「このタイプにしよう」と。
とてもしっくりくるそいつを見詰めながら「こちらをいただけますか」とスタッフに言っていた。
部屋の大テ−ブルに着いた時に頂いていた,200ミリのミネラルウォ−タ−を口に含みながら、
僕は大きなため息も一緒に飲み込んでいた。
神戸産のこの水は,他で手に入れる事は出来ず、ここに来た時にだけいただける。
買いたくても,ここでは1本しか売っていただけない。
なので,僕はこれから何かと理由を付けて「ここに足繁く通おうか」などと思っている。
それ程この水は美味いのだ・・・

こいつが特に欲しくなったここ数年は,雑誌・ショップ・ネットなど、それこそ目を皿のようにして探していた。
だがやはりシルバ−でこういったタイプは作られていなかったのだ。
4色ボ−ルペンなどは。
知り合いのシルバ−職人に聞いたりもしたのだが,やたら難しいらしく、色よい返事は貰えなかった。
たまたまオ−クションで見掛け「クロムハ−ツか」と思い,その値に驚き、二の足を踏んでいたのだが、
だんだん「いや,これはクロムハ−ツショップで直接購入すべきだ」
という風に考えが変わっていった。
その考えは間違っていなかったと今は思える。
一番大事な「相棒」には最大限の敬意を表すべきなのだ。
今迄は,ペンケ−スの方に凝っていた。
どこか諦めていたところがあったのだろう。
何を諦めているのか分からない中で,しかし確かに諦めは存在していたように思う。
「何かが足りない」
そんな日々が続いていた。
そんな日々を送っていた。
そんなある日・・・
「最後のピ−ス」
これが嵌れば新たな何かがスタ−トする。
そう,指先を見詰めながら思っていたのだ・・・

雨は止んでいた。
蒼穹の心を抱きながら,歩き出す。
止んだと思っていたが,霧雨が遠慮深く、控えめに僕の身体を包み込む。
「せっかくここまで来たんだから,幾つかのショップを冷やかしてから帰るか」
骨董通りに出る。
「まずは・・・フェリ−ジかな・・・」
道順の映像を頭に浮かべながら信号を渡る。

僕の左肩で「クロムハーツ」の袋が誇らしげに踊っていた・・・



2009/10/5(月)16:05 茅ヶ崎「スタバ」にて
          &
2009/10/6(火)16:18 みなとみらい「パンパシフィックホテル」カフェテリアにて


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