コノHIROイ世界

久しぶりに胸が高鳴っていた。
恵比寿駅から歩いて10分程。
奥まった路地にひっそりと建つアパートの一室に,その「場所」はあった。
二階を見ると,左端の部屋の窓から顔を出した人と瞬間目が合う。
悪い事をしている訳でもないのに,僕は俯き加減に階段に足を掛けていた。
一段一段,身体を押し上げていく。
その度に足下でミシミシと音がする。
表側に目指す部屋番号がないので,多分裏側なのだろう。
「凄く狭いですよ」
ショップのスタッフから言われた言葉が蘇る。
裏に出て左に折れると,男性の背中が見えた。
開け放たれたドアの内側の誰かと話しているようだ。
「あそこだな」
僕が近づいていくと,その男性は、はにかんだような笑顔を向け「どうぞ」と道をあけてくれた・・・

今から数年前。
多分僕が今迄で一番活発に,様々な場所へとショッピングに動き回っている頃。
渋谷に一軒のセレクトショップがオ−プンした。
当時としては珍しく,ジャパンメゾンをメインに据えた品揃えは、とても新鮮だったと記憶している。
インポ−ト物では,確かイタリアの、木と革とヴィンテ−ジの金具とを併せた鞄が三種置かれていた。
それらの鞄にはとても強く惹かれたのだが,その時は購入するに至らなかった。
多分他にも惹かれていた物があったのだろう。
ただ,その時はまだ「オ−ルレザ−」に自分でも異常といえる程「固執」していた時期だったので、オ−プン当初は
良く足を運んでいたのだが「ある物」を手にするに留まっていた。
その「ある物」とは。
以前,ショ−トエッセイに認めた事もある「岡山のおじい」のネクタイである。
あれは今でもクロ−ゼットの中で,静かに「異彩」を放ち続けている。
そして今。
街の大小のセレクトショップに「うちでしか扱ってないと思いますよ」と言う「ジャパンメゾン」がとても多く目立つ
ようになってきたのだ。
それも「一点物」が。
この魔性の言葉に完全に無防備な僕は,溜息とも唸り声ともつかぬ声をあげながら、何度も何度も、それに
袖を通すのだ。
そんな繰り返しの中で,久しぶりに足を踏み入れた原宿の小さなショップで「それ」に出会った。
「HIRO」
着た感じもデザインも気に入ったのだが,僕の琴線にダイレクトに触れてきたのは、スタッフの「ここは週末の土日だけ
ショップをオ−プンさせるんですよ。一点物中心で」という言葉だった。
「一点物」
この言葉に導かれるままに,僕は早速、その週末に「HIRO」を訪おうと決めたのだ・・・

四畳半程の室内には,何点かの作品と、数足の靴が置かれていたのだが、その日僕が結局購入したのは、
彼の作品ではなく,イギリスは「BLESS」の、劇リメイクが施されたテニスシュ−ズであった。
大きな収穫は,スタッフやHIRO本人と、様々な事を語れた事だろう。
「一点物」と「生産ライン」に大きな違いがあるのは勿論十分分かっているつもりだ。
しかし彼等(彼女等)は,そこに「自分らしさ」というエッセンスをバランス良くちりばめながら「唯一無二」の作品を
産み落とそうとしていくのだ。
見た人間,着た人間が、気持ちよくなれる服。
何にも縛られず「感性」の赴くままに自由に纏える服。
それだけで気持ちが奮い立つ服。
・・・職人の魂が宿っている服・・・
その服を纏うだけで,新たな「何か」が、ヴィジョンが開けてくると「己」が感じるのだ・・・

次にここを訪なう時は,話題に出た「ブランド」のレザ−を着てくると約束し、その場を後にした。
「最近また良く買うようになったな」
路地を出ると,一度だけ振り返った。
「夢は色んなところで芽吹いてるんだな」
暫くぶりに押し寄せてきたショッピングへの衝動に少しおののきながら「次は上野のあのショップに久しぶりに行ってみるか」
と,ひとりごちる自分がいた。

世界はすっかり秋の色を纏っていた・・・



2009/10/24(土)12:30 「自宅」にて
           &
2009/10/24(土)16:29 茅ヶ崎「スタ−バックス」にて


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