眼を閉じて

眼を閉じてみる。
眼前に広がる銀杏並木の黄金色も素晴らしいのだが、やはり僕にとっては、あの銀杏が一番のようだ・・・

小学校の校庭の真ん中に鎮座していた,大きな1本の銀杏の木。
あの頃は全然意識などしていなかったと思うのだが,校舎のどこからでも、校庭のどこにいても、必ず視界に入っていた。
その中でも秋の頃がやはり一番印象が強いようだ。
僕が父の仕事の関係で茅ヶ崎に越してきたのは,小学校4年生の時だった。
それまで何度も転校を繰り返していたのだが,結局、茅ヶ崎が最後の地となったのは幸運な事だったのだと今更ながらに思う。
家から小学校までは子供の足で30分程であったろうか。
校庭の銀杏の木は,当時とてつもなく大きく見えたものだ。
夏にはその銀杏の下にスクリ−ンを張り,漫画映画の上映会なども行われていた。
真っ黄色に染まった銀杏の木はとても綺麗だったのだが,僕は「何故こんなに臭いんだろう?」と訝っていたものだ。
その正体が「ぎんなん」である事を知るのは,もう少し後の事になる。
銀杏の黄色い絨毯はとても柔らかかった。
秋は秋らしく,冬は冬らしく、春は春らしく、夏は夏らしくあった、あの頃。
移りゆく季節の中で,いつもそこに在り続けた、1本の銀杏の木。
いつも僕達を見守り続けてくれた,銀杏の木。
今ではあの小学校も随分と様変わりしてしまったようで,あの銀杏の木もないと聞く。
あんな堂々とした木には,もしかしたら、あれ以来巡り会っていないのかもしれない・・・

眼をゆっくりと開けてみる。
「あ〜なたが首を〜・・・」
かぐや姫の名曲「眼を閉じて」が唇から静かに零れ出す。

11月中旬平日の昼下がりの横浜。
山下公園沿いの見事な銀杏並木は,すっかり見事な黄色に染まっている。
黄色い絨毯に敷き詰められた道を「ブロンプトン」で奔りながら,あの銀杏の木に思いを馳せる。

そして今。
もう1つ,銀杏並木で有名な通り沿いに造られたカフェテリアで、コ−ヒ−の香りとぎんなんの匂いに包まれながら、まどろむ自分がいた。
黄色達が,黄昏時の斜光を受け、黄金色に輝き始める。
周りには,写真を撮る人、絵を描く人、多くの人・人・人・・・
少し冷たさを増した冷気を吸い込みながら,大きく伸びを1つ。
カップから立ち上る湯気が,ゆっくりと黄金色に溶けていく。
コ−ヒ−を飲み干すと,僕は一瞬だけ眼を閉じた。

脳裏には,あの銀杏の木が、見事な黄金色に染まっていた・・・



2010/12/21(火)15:31 茅ヶ崎「スタ−バックス」にて


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