バレンタイン・ナイト

「久しぶりに行ってみるか・・・」

ふと思い立ち,電車の時間を調べ、再び家を出た。
そのバ−「CAVA(カバ)」を訪れる時は,いつも開店早々で、19時を少し回った頃くらいである。
冷たさを増してきた夜の中を,少し足早に駅へ向う。
降り始めてきた雨は,今はもう霙に変わり、気が付くと雪に変わっていた。
東海道線を降りた時は,まだそれ程でもなかったのだが、店に着き、いつもの止まり木に留まり「ホット・バタ−ド・ラム」を一杯飲み終える頃には雪が激しさを増していた。
今回何故急に足を運んでみようと思ったかというと,それには訳がある。
1つは,最近読み返していた、オキ・シロ−さんの著書である短編集「ギムレットの海」を読んで「あぁバ−はやっぱりいいなぁ」と思った事と、ドラマ「バ−テンダ−」の影響だ。
ちなみに本日飲んでいる「ホット・バタ−ド・ラム」は,もう今から10年程前に、毎晩のようにバ−に行っているという酒好きのファンの男の子から教えて貰ったホット・カクテルだ。
当時は小田原に足繁く通っている時で,バ−「チキンジョ−ジ」でK君につくってもらったものだった。
今ではK君は「チキンジョ−ジ」を畳み「えん」他2店舗を経営する,立派なオ−ナ−社長兼料理人でもあるのだが。
そのホットカクテルをたまたま憶い出したのだ。
憶い出したら急に飲みたくなり。
ただ,名前だけは失念していて、バ−テンダ−のK君に「こんなホットカクテルなんだけど・・・」と話すと、即その名前が出てきて早速つくってもらったという次第だ。
ここに来るといつも注文するパスタ(今晩はナポリタン)を食べながら「ホット・バタ−ド・ラム」を、その合間合間に飲(や)りながら、降り続き、降り積もる窓の外の雪に何故か心が暖かくなるのを感じながら、K君との他愛もない会話を楽しんでいた。
「今晩は,ここを、北海道の富良野だと思って下さい(笑)」とK君。
先程会話の中で「富良野に行きたいんだけどねぇ」と,今シ−ズンは行けないんだという話をしていたので。
「森の時計」の大きな窓から見える富良野の雪景色を思い浮かべてみる。
「やっぱり真っ白なところを訪ねたいよなぁ」
何時の間にか「CAVA」のエントランス部分も白一色だ。
「おやすみなさい」
の声を背に,まだ誰も歩いていない雪の上を静かに歩く。
「サクッ,サクッ、サクッ・・・」
久しぶりに聞くその音を心地よく感じながら,冷気を増した夜の中を、今度はゆっくりと駅へ向う。
「次来た時は面倒くさいだろうけど,トム&ジェリ−をオ−ダ−してみるか」
K君もまだつくった事はないと言っていた。
実は,この「トム&ジェリ−」を飲むためにクリスマスが創られた等というトンデモナイ逸話があるらしいのだ。
全て「ギムレットの海」からの受け売りなのだが(笑)。
クリスマスではないけれど,クリスマスに飲むのに最も相応しいと言われ、一時大流行したという「ホットカクテル」を飲むのも悪くないかもしれない。
いや,全然悪くない!
何だか楽しい気分になりながら,僕は独り言を繰り返していた。

「いい,バレンタイン・ナイトになったな」

空から降りてくる雪の精達と暫し戯れながら,僕は飽く事なく、ただ、空を見上げていた・・・



2011/2/11(木)17:28 「自宅」にて


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