HANABI |
あれは十代の頃。 中学生だった僕は,当時想いを寄せていた子に、思い切って声を掛けてみた。 「花火に行かない?」と。 「いいよ」という返事に,それこそ「清水の舞台」から飛び降りる覚悟でいた僕は、心の中で、何度も何度も「やった?!!」と叫んでいたものだ。 地元・茅ヶ崎の花火は、当時、それほどの混雑もなく、浜からゆっくりと見られたのだが、今では相当の人で賑わっていると聞く。 当日の夕方。 浴衣姿で現われた彼女の可憐な姿に,僕の心臓の鼓動は、ドンドンと高まっていった。 隣を歩く彼女の方を見る事も出来ず,話す事もあまり出来ぬまま、ギクシャクとした足取りで、左手に「図書館」「高砂緑地」が連なる通りを、海岸まで、もくもくと歩いていた。 彼女からは,微かに石鹸の香りが漂っている。 その日は生憎の雨模様で,時々小雨がパラつく中、僕等は浜に腰を下ろした。 と,石鹸の香りが急に近くなった。 「凄い汗」 ハンカチが僕の頬に触れる。 それよりも,ハンカチ越しに感じる彼女の指の感触に、僕の体温は一気に急上昇していた。 「あっ,ありがとう・・・き、今日は暑いよね・・・」 「夏だからね」 微笑む彼女を正視出来ぬ僕に,彼女は団扇を差し出し「あっ,中原君、始まるみたいだね」 それからは「キレイだ」とか「スゴイ」だとか「ワー」とかしか言えぬまま時は過ぎ。 すぐ傍にある彼女の手も握れず,まして肩など抱ける訳もなく「花火」の時間は終焉を迎えていた。 実はこれらの行動は「妄想」の中で勝手に思い描いていたもので「チュー」までいったらどうしようと真剣に悩んでいた日々があったのだ。 帰り道。 「キレイだったね」 と言う彼女に「君の方が何倍もキレイだよ!」などという言葉が言える筈もなく、僕はただただ「ウン,そうだね」を繰り返すばかりだった。 駅前で別れ「また学校でね」と言って歩き出した彼女の背中を,僕は見えなくなるまで、ずっと見ていた。 もしかしたら彼女が振り向いてくれるかなと思いながら,ずっと見ていた・・・ その後,夏休みが終わり、新学期が始まって彼女と何か進展があったのかについては何も憶えておらず、今ではもう名前すら忘れてしまっている。 先日行われた中学の「同窓会」で「久しぶり中原君。私の事憶えてる?」なんていう劇的な、ドラマのような再会がある筈もなく。 ただ「花火」という単語から,突如、この記憶が浮き上がってきたのだ。 すると,様々な「音」や「匂い」や「暑さ」が蘇ってくるから不思議だ。 彼女の顔は霧の中なのに。 今日も我が家の庭には,元気に夏の陽射しが降り注ぎ続けている。 夏には「青春」が一杯詰まっている。 蝉時雨の中を縫うように,彼女の涼やかな声が聞こえた気がした。 「中原君・・・」 「久しぶりに花火が見たくなったな」 その時彼女が隣に居てくれたらどんなに素敵だろうと,真夏の青空を見上げながら僕は思っていた・・・ 2012/8/5(日)14:29 自宅にて |
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