雪の記憶

目覚まし時計のアラ−ムを止めてから,どうやら二度寝してしまったようだ。
「あぁ,もうこんな時間か」
今日の天気予報では雨だった筈だが,とても静かだ。
電気を点け,雨戸を開ける。
「わぁ・・・」
静かだった訳が分かった。
外は一面の銀世界に塗り替えられていたのだ。
鈍色の天空からは,少し大きめのボタ雪が、様々な方向から戯れながら落ちてくる。
庭の向こうに見える空き地では,子供達が盛んに雪合戦に興じていた。
暫くの間,僕は雪を直接感じたくて、掌を突き出したまま、雪空を見上げていた。
そうしている内に,自分の中に違う「雪景色」が舞い降りてきた。
そう,それはもう40数年前の事になるだろうか・・・

40数年前の冬。
小学校3年生だった僕は,父の仕事の都合で、富山県に引っ越してきていた。
結局8ヶ月という短い期間を経て,今の茅ヶ崎へと転勤し、そこが父の、僕等一家の終の棲家となったのだが。
その年の冬は,富山が20数年振りに大雪に見舞われた年で、朝起きると前の家が埋もれて見えなくなっていた程だった。
子供ながらにも,その雪の凄まじさには圧倒されたものだ。
その大雪の中でも,中原少年は半ズボンで駆けずり回っていた。
今そんな事は絶対に出来ないけれど,小学生の頃には長ズボンを履いた記憶が全くないのだ。
「子供は風の子」とは良く言ったものだが,男の子達はみんなそうであったように思う。
今迄にも雪は見た事があったし,自分の背丈の半分程に積もった中を歩いた事もある。
しかしあれだけの大雪は初めてだった。
「雪合戦」「雪だるまづくり」等は毎日で,中でも一番楽しかったのは、僕の倍位の高さの巨大な「滑り台」から滑り下りる事だった。
その滑り台は,まるで巨人が横たわっているかのようで,その巨人の上に立つと、世界がとても広く見渡せ、とてもいい気持ちになったものだ。
そして,日が暮れるまで、お母さん達が呼びに来るまで、僕達は、何度も何度も、飽きる事なく、登っては滑る事を繰り返していた。
こんな事を言っては,雪に苦しんでいる雪国の方に怒られてしまうかもしれないが、僕の「雪の記憶」は、大変な事としてではなく、楽しい記憶として刻まれているようだ・・・

掌に落ちた雪を見つめている内に「そうだ・・・」と憶い出した事があった。
一度窓を締め,寝室から自分の作業部屋に行くと「君の出番だよ」と、ある物を取り上げた。
「雪めがね」
これは雪の結晶を見る為に創られた,雪だるまの形をした、小さな可愛いらしいル−ペで(胴体の部分がル−ペになっている)、以前、北海道は帯広に行く時に持っていこうと購入した品で、向こうでは何度も何度も掌に受けた雪の結晶を、これも飽く事なく見続けていたものだ。
勿論こいつも,友人で、レザ−職人である仲垣君に創って貰った、専用のレザ−ケ−スに収まっている。
再び掌を差し出す。
舞い降りた雪を「雪めがね」を通して見る。
だが,中々「雪の結晶」をしっかりと確認する事は出来なかった。
帯広では,何時でもどこでも「雪の結晶」をハッキリと確認する事が出来たのだが。
「チャレンジし直すか」
そう思い,僕は何度も何度も「雪空」に向け、息を吹きかけ続けていた。
雪達は戯れながら自由に舞い降り続けている。
「又後で遊んでくれよな」
そう言うと方々から「いいよ」「しょうがないなぁ」「うん」「またね」「じゃあね」「約束だよ」という声が一斉に聞こえてきたような気がした。
少し風が出てきたようだ。
「たまには雪の褥もいいか,あっ勿論、雪の布団も掛けて」
今日一日,様々な「雪の記憶」が脳裏を駆け巡りそうな気がしていた。

「今宵,雪の記憶に埋もれて眠るのもいいか」

降り積もる雪が全てを覆い尽くす迄には,まだ時間が掛りそうだ。
全てが白で塗り尽くされた時,世界はどうなるのか。
僕はそんな取り留めもない事を考えながら,雪を見続けていた。

「自分が白くなれればいいのに」

無垢になりたいと切に願う自分を感じながら。

自分が天空から自由に降ってくる姿を夢想しながら・・・



2013/1/14(月)15:22 自宅にて


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