風庭(かじなぁ)の島

もう何年になるだろう。
あの懐かしい風に吹かれなくなって。
真南風(まはえ)の頃になると必ず心がザワめき,脳裏には入道雲が沸き立つように、モクモクと総天然色の景色が広がっていった。
「琉球」
沖縄というよりも何かシックリとくるその「音」には,独特の「島の息吹」を喚起させるような不思議な「ゆらぎ」が秘められているようだ。

「帰りたい」

唐突にそう思った。
沖縄ガラスでアイスティ−を飲みながら,先程久しぶりに彼の地の映像をテレビで見たからかもしれない。
何故自分はあそこから遠ざかってしまったのか。
あれほど焦がれていた「沖縄」の風を・光を・空気を・人を・なんくるないさぁを・・・

初めて一人で歩いた「国際通り」
あまりに暑くて長く歩いていられず,ホテルに早めに帰り、部屋でオリオンビ−ルを飲んでいたあの日。
「毎年のように行ってたよな」
夏と沖縄がイコ−ルだった。
自分と沖縄がイコ−ルだった。
あの頃の夏達は強烈な陽射しと共に,僕の中にクッキリと、生きている証というものを刻み込んでくれた。
魂に刻み込んでくれた。
今また,封じ込められていた数々の記憶が、ムクムクと起き上がってきたようだ。
様々な色達が溢れ出してくる。
バスから見た,ブ−ゲンビリアや赤花達の潔さ。
ザ−ザ−降りとなった蝉時雨。
スコ−ルの後のドピ−カンの青空。
どこまでも続くサトウキビ畑の間を行く一本道。
その向こうに見えた海のとてつもない碧。
波打ち際を行く小魚の群れ。
息を呑む程に素晴らしい色取り取りの枝珊瑚の群落。
浮かんでいると,ゆっくりゆっくり浜へと打ち上げられていく心地良さ。
シュノ−ケルと水中メガネを外した僕の頭上で沸き立っていた入道雲。
ヤドカリや小さなカニの隠れんぼ。
落ちきる迄,浜でじっと見ていた夕陽の様。
生まれて初めて見た「天の川」の圧巻。
ベッドに横になっても海の上にまだ漂っているかのような錯覚に包まれて眠りに落ちた夜。
必ず食べた「ブル−シ−ルアイス」
「また来るよ」と必ず告げて帰っていた日々。

いつもそこには「沖縄」があった。
いつもそこには島人(しまんちゅ)になりたいと願う自分がいた・・・

今でも多分そこは変わらない。
変わった物は沢山あったとしても,多分変わらない。
あの頃の景色は色は,僕の心の中のスクリ−ンでは、変わらずにそのまま投影され続けていくだろう。

「風の庭に立ちて,両手を一杯に広げて深呼吸をしよう。
その瞬間に僕は,きっと「島」と一つになれるから。
そして,どこまでもどこまでも、いつまでもいつまでも、そこに吹き続けているんだ・・・」

「来年は久しぶりに帰るか」
そう呟く自分の声を,僕は懐かしい相棒に偶然再会したかのような面持ちで聴いていた。

夢の続きがゆっくりと再び,羽ばたき始めていた・・・



2013/6/26(水)01:27 自宅にて


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